ちびっこ聖女は入学したい
第36話 新しい朝がきた!
なんだか、贅沢すぎるなあ。
潜入捜査から数日の朝、目が覚めたまま自室のベッドでしみじみと私は思った。
孫にべた甘の
すっかり平常運転になった図書館で、色々と本を読めるようになった。
お母さまがほぼ正式に皇室復帰し、お父さまが帝国の軍人としての職を得たので、娘である私も帝都図書館をひとりで使えるようになったわけだ。
しかも!
サクラにとって、かなりの朗報が舞い込んできた。
(苦節……何年だ? とにかく、ついに、のんびりまったり学園ライフを……!)
魔塵症の蔓延で閉鎖されていた、良家の子女や将来を担う才能が集う帝国最大の学園『王立学院』の運営が再開するらしい。
先日の拝塵教団のセミナー潜入でつかまった信者たちへの『尋問』によって、色々とコトが動いているみたいだ。
宮廷魔導師さんたちの研究が進んで、魔塵を無力化したり魔塵症の予防や治療の方針がたってきたりしたみたいだ。よかった、よかった。
そういうわけで。
私も『皇帝陛下の孫娘』として王立学院に通うことになったのだ。
育児放棄に近いほど、多忙な親の代わりに家事と介護に明け暮れていた前世の学生時代に思い描いていた、ごく普通の学生生活を送るチャンスである!
……まあ、皇帝の血族が普通かどうかは、ちょっと審議が必要だけど。
なんだか、夢みたいだ。
「おはようございます、サクラ様」
「あ、メアリー。おはよう」
ベッドでごろごろしていると、侍女のメアリーが朝の支度をしに入ってくる。
顔を洗うための洗面器に、お湯がはってある。お湯にはいい匂いのする香油が垂らされていて、温度を保つための熱湯と水が入ったポットがそれぞれ準備されているわけだ。お姫様みたいな待遇だ……って、私、お姫様なんでした。
「メアリー、新作のしんちょくはどう?」
メアリーは王城で侍女奉公をしているかたわら、貸本屋界隈でお姉様がたに大人気のボーイズラブ小説『秘密の薔薇園』シリーズを書いている、覆面作者だ。
天才美少女宮廷魔導師のリリィ・フラムや、お母さま……つまりは、皇帝陛下の愛娘が愛読者である。
最近、この二人はかなり意気投合して読書会とか開いているみたいだ。
サクラはその読書会には出入り禁止なので、内容の過激度は推して知るべしというかんじだ。リリィは、私の中身がそれなりの年齢の成人女性だということはわかっているみたいだけれど……見た目は六才児だしね。
「進捗……」
メアリーが表情を曇らせる。
「サクラ様、世の中にはあまり触れない方がいい話題というものもありますよ」
「ご、ごめん」
進捗、ダメみたいです。
「執筆の進捗はともかく、色々と雑事がありましたので、数日お休みを頂戴しておりまして、失礼をいたしました」
「いえいえ! ゆっくりできた?」
こちらも潜入捜査以降、色々と忙しくしていたのでちょうどよかった。
というか、労働基準法とかはない世界だろうけれど、それにしたって連勤が続いていると心配になってくるので、むしろ休暇はちゃんととってほしい。
「そうですね……聖女教というのが立ち上がっていて、すごく流行していました」
「ふーん、またしんこうしゅうきょー……って、せいじょきょう!?」
それって、まさか?
「わかりませんが、なんでも幼い少女の姿をした聖女が降臨して奇跡を起こしている──と触れ回る人たちがいるとか」
「えええ……」
王城の敷地内で保護観察していた拝塵教団に騙されていた市民のみなさんは、つい先日解放されたそうだけれど……まさか、あの人たちが?
というか、それしか考えられない。
だって、私がうっかり聖女としての魔力を使った現場にいたのはあの人たちだけだし……っていうか。
(っていうか、すがる対象が変わっただけじゃん!!)
これは、気をつけないと私がバフと回復に優れた周回性能を持つ『過労死聖女』サクラであることがバレてしまう。
そうなれば、のんびりまったり第二の人生を満喫するという計画が水の泡だ。
せめて、せめて学校生活だけは……。
(せっかく使わせてもらってた
大量に噴出した私の魔力の圧に耐えきれず、ノアルさんが貸してくれていた
のちにわかったのだけれど、けっこうな貴重品だったらしい……やってしまった。
ともかく、色々と気を引き締めて、身バレ防止につとめなくては。
サクラは決意を新たにして、メアリーが用意してくれた適温のお湯で顔を洗うのだった。
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