第35話 潜入捜査の顛末

「おかえりなさいませ、おかーさま!」

「サクラ!」


 お部屋に帰ると、お母さまが待っていてくれました。

 長年、行方をくらましていたシャンガル帝国の第一王女であるお母さまは、今回の地方への巡幸を通して『長年の病気療養から復帰した』ということで、おじいさま……つまり、皇帝陛下と行動をともにしたらしい。


 いわゆる、カバーストーリーってやつ。

 長年の行方不明と、突然の王室復帰の辻褄を合わせるための期間が、今なんだそうだ。さらに、地方の軍事訓練に参加している中途採用の軍人であるという『ていの』お父様と行幸先で出会い……。


「サクラ……!」

「おとうさまっ」


 こうして、二人そろって私の部屋で待っていてくれたってわけだ。


「久しぶりだな、少し背が伸びたかな……」


 お父さまの目には、涙がにじんでいる。

 いやいや、村を出てから数週間しか経ってないですけども。

 ……いや。

 お父さまは毎日、毎日、わたしのことを肩車して畑に連れて出てくれた。寝るときには、毎晩抱っこしてくれた。

 そんなお父さまが(自分のお人好しが原因とはいえ)、借金に追われるように村を出て、帝都隠密隊のノアルさんに捕縛されて、妻子と引き剥がされて……どんな気持ちで過ごしてきただろう。


 我が子に会えただけで泣いてくれる、お父さま。

 前世の私が、忙しく孤独に育った私が、ずっと焦がれてきたものだ。


「……うん。おとうさま、おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


 ぎゅう、と強く抱きしめられる。


「く、くるしいよ、おとうさま!」

「もう、ダンったら」


 お母さまが、楽しげな声色でいさめる。

 まるで、村で暮らしていた頃のように。

 最近のお母さまは、王族として振る舞う知識や勘を取り戻すのに苦労して、まるで私の知らない人みたいだったからね。


「ははは、すまない」


 お父さまが、そっと私を降ろしてくれた。お母さまのお下がりの服を着た私をじっと見つめて、「まるでお姫様だ」と目を細めている。


「あのね、サクラ。わたし、ダンと正式に婚約したの」


 お母さまが、まるで初恋に浮かれた少女のように言った。


「おおっ」

「ああ。俺がこのたび、正式に帝都騎士団の一員になったんだ。数年勤めれば、しかるべき身分をいただける。そうすれば、王女であるアデルとも結婚できる」

皇帝陛下おとうさまがはからってくださったの」

「そうだったんだね、おめでとうございます。おとうさま、おかあさま!」


 やるじゃん、じぃじ!

 幸せそうに微笑み合う両親に、私は本当に嬉しくなる。


「あ、そうだ」


 私も、お母さまに話すことがあったのだ。

 お母さまにお耳をかしていただいて、こしょこしょとナイショ話。


「……えっ!! 『秘密の薔薇園』シリーズのファンが!?」


 でっかい声で、お母さまが声を弾ませた。


「そ、それって本当なの? まぁ……村にいたときには、貸本屋さん以外誰にも話が通じなかったのに……」


 リリィがオタ活友達が欲しいと言っていたので、お母さまに取り次ぐ約束をしていたのだ……っていうか。これ、侍女のメアリーが作者だって知ったら、情報過多で死んじゃうかもしれないな……。


「秘密の薔薇園? なんだい、それは」

「ダン! いえ、その、なんでもないのよ」


 おほほ、とお母さまが微笑んだ。

 怪訝な顔をしているお父さまである……いや、ちゃんと話し合ったほうがいいよ、浮気と勘違いされても面倒だし。



「サクラ、お母さまは公務が忙しくなるし、お父さまは騎士団独身寮で生活することになるし……あなたに寂しい思いをさせて、ごめんなさいね」


 お母さまが、優しく頭を撫でてくださる。


「でも、独身寮は帝都にあるし、休みのときや王城勤務のときには親子三人で過ごす時間もとれる」


 お父さまが、私たち二人を抱擁する。

 ノアルさんとアインツさんとの「家族ごっこ」も楽しかったけれど……やっぱり、私のお父さまとお母さまは、この二人なんだ。


 数時間後。

 どたどた、と廊下を駆けてくる音がした。

 いやに威厳がある、大きい足音……!


「サクラよ、おじいちゃまが帰ったぞ!」

「じいじ!」

「んふふふ、少し背が伸びたかの?」


 義父と義息子、すでに思考が似通っている。

 おそらく、孫に会いたい一心で小走りでやってきた皇帝陛下を追いかけて、腹心三人組がやってくる。

 リリィが、やれやれという顔でやってくると──お母さまが、ぱぁっと目を輝かせた。


「あなたが、リリィ・フラムさん?」

「……あ?」


 がしっ、と両手でリリィさんの手を掴むお母さま。

 新たな友情が芽生えそうだ……そして。


「陛下、気がはやるのはわかりますが……臣下たちの目がありますので、ご冷静に」

「ええ。今回ばかりはアインツ……いや、エーベルバッハ殿を支持します」

「かたじけない、ノアル」


 アインツさんと、ノアルさんが戻ってきた。

 先日の拝塵教団の摘発についての報告会が終わったのだろう。

 というか、改めて見てみると、なんだか二人の距離が近いような。

 あれだ……会社の同僚がいつのまにかカップルになっていて、結婚報告をする数ヶ月前の距離感!


「ほほほっ、おぬしら。いつのまに名前で呼び合う仲になった?」


 と、皇帝陛下じいじ

 さすが、するどい!


 ノアルさんとアインツさんは、まさかのところからの切り込まれて慌てている。

 あわあわしている若人たちに満足したのか、おじいさまはニッコリ笑って、話題を変えた。


「……して、おぬしらに話さねばならんことがある」


 あからさまにホッとする、ノアルさんたち。

 それにしても、私たちに話さなくちゃいけないことって?

 おじいさまに代わって、アインツさんが口を開く。


「先日、サクラ殿の協力により捕らえた拝塵教団の関係者への尋問が完了したのです。報告会で共有されたことをまとめると……先日、姉姫を呪い、陥れ、帝都大聖域に召喚された赤子、つまりサクラ殿を誘拐させた罪で幽閉されているアデリア殿下とその夫であるキース殿下が……拝塵教団の息がかかっている間者であることがわかりました」


 ええっ!

 それって、国の中枢にヤバい宗教が入り込んでいたってことでは。

 深刻な顔で、おじいさまが頷く。


「うむ……おそらくは、有力な豪商の血筋から入り婿に迎えたキースが、元より拝塵教団の手のものであったのだろう……もし、きゃつらの罪を暴けていなければ、被害は甚大なものになっていた」


 そういえば、魔塵症が上流階級に流行しはじめたタイミングと、お母さまが私をつれて家出したタイミング……つまりは、この帝都において妹姫であるアデリアさんの存在感が増したタイミングが一致している。


「まったく。まさか、あの日あなたがアデル殿下の”呪い”を見つけたことが、シャンガル帝国の危機を救うことに繋がっていたとは……」


 と、ノアルさん。

 ……え、そうなりますか。


「やはり、サクラ殿は救国の聖女では?」


 と、アインツさん。

 勘弁してください!


「さっすがはサクラちゃんね」

「ああ、僕たちの自慢の娘だ!」


 お父さまとお母さまにまでべたべたに褒められて、身の置き場がない。

 結局、見かねたリリィさんが話をまとめてくれるまで、ベタ褒めのターンが続いたのだった。


「まあ、こいつの浄化の魔力は別格なのは認めるけどさ」


 と肩をすくめるリリィさんが、私を見下ろしてにやっと笑う。

 とにかく、助けてくれてありがとう──と、美少女天才魔導師に感謝を捧げるのだった。

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