第33話 尊い!!
割れる瓶。
室内に舞い上がる魔塵。
「ひっ……!」
集まった信者が悲鳴を上げた。
ローブをまとっていた教団員たちは、いつの間にかマスクをつけていた。
(いやいやいや、自分たちはマスクつけるって……絶対よくないやつじゃん、これ!!)
小瓶ひとつから巻き起こっているとは思えない、すごい量の魔塵。
これ、吸い込んだらやばいよね!?
私は首に巻いていたスカーフを口元にずりあげる。
実は、このスカーフに仕掛けがある。
スカーフには、天才魔導師のリリィさんが開発した魔導術式が描き込まれていて、魔塵を無力化することができるのだ。
要するに、図書館の大掃除に使った
本当はマスクにこの布を詰め込んでしっかりと口元に固定することができたら、さらに安全性は上がるみたいだけど、今回は平民のコーディネートに溶けこんでごまかせて、とっさの対応がとりやすいスカーフ状にしたわけだ。
ちょっと、スパイ・ガジェットみたいでかっこいいよね。
ちなみに、これを作るのには私の魔力が必要とかで、何度もリリィさんの試作品の作成に付き合うはめになったのだけれど──リリィさんと過ごす時間は、なんだか、ずっと欲しかった対等な友達ができたみたいで楽しかった。
禍々しい紫色の魔塵の靄が、どんどん濃くなる。
視界が遮られる中で、集会場に
「ノアル、大丈夫か……!?」
「っ、問題ない──くそ!」
「えっ!」
ノアルさんが急に声を荒らげて、魔塵の靄の中に飛び込んだ。
「の、ノアルさん……!?」
アインツさんに、目で合図をする。
ノアルさんを追いかけよう!
一瞬、アインツさんは皇帝の孫である私を危険にさらすことをためらう素振りをみせる。待て待て待て待て、あなたはノアルさんが大事なんでしょうが!
「ほら、行きますよ!」
「ちょ、サクラ殿!」
アインツさんの手を引っ張って、私は一歩を踏み出した。
視界が悪い中で、ちょっとずつジリジリと進んでいく。
小学校でやった火災避難訓練を思い出す。
姿勢を低くして……って、もともと私はちっちゃいけれどね。
「ノアルさん!」
靄が晴れると、そこにノアルさんの姿があった。
けれど、ノアルさんは口元に魔塵よけのスカーフをしていなかった。
「ノアル……きみ、なんてことを!」
ノアルさんは、自分がつけているべきスカーフを、信者の子どもに押しつけていたのだ。周囲の大人は、すでに倒れている。ノアルさんに助けられた子どもは、泣き出しそうになりながらも、スカーフを使って呼吸を続けている。
「……っ」
ノアルさんは、口と鼻を自分の肘でかばっているけれど……明らかに顔色が悪い。
子どもが、ノアルさんの目の前にいた。
この子が、目に付いた。理由は、それくらいだろう。
クールで、つっけんどんで、ちょっと怖い印象がある人だけれど──ノアルさんは、優しい人なのだ。とっても。
魔塵の煙にまぎれて、肝心の信者の人たちは逃げてしまっている。さっきノアルさんが倒した人たちもいない。他の信者たちが、運んでいったのかもしれない。
「わ、私は問題ない……それより、奴らを追わないと……」
ノアルさんの言っていることは正しい。
拝塵教団の手口を掴んで、実際に潜入をしてみたわけだけれど──こういう状況になってしまった以上、スパイを警戒して新規勧誘の方法を変えるかもしれない。
「いいから、君は黙って!」
そう言って、アインツさんはためらいなく自分のスカーフを剥ぎ取って、ノアルさんの口に押しつけた。
「……!? ば、馬鹿!! お前、何してるんだ!! 私は少しは毒や呪いのたぐいに耐性があるんだ」
「いいから……受け取れ……」
スカーフを押し返そうと藻掻くノアルさんの肩を、アインツさんがグッと掴む。
鍛え上げてきた帝国の騎士だ。
ノアルさんがいかに強いといっても、同じように鍛え上げた身体であれば、男と女の力の差は歴然で……ようするに、ものすごく力強い抱擁で、アインツさんはノアルさんを制圧したわけだ。
「……っ!」
「ぐ……」
ノアルさんの口にスカーフを押し当てて、アインツさん自身はなるべく息を止めている。他ならぬ、ノアルさんを守るために……!
(は、はわ……!)
学生時代からのライバルであり、旧知の仲。
職務に忠実で、普段は名字で呼び合っている二人。
お互いを気にかけているはずなのに、全っっっ然関係が進展しないままでここまできてしまったお坊ちゃん騎士と叩き上げの女隠密……。
それが、今!
アインツさんが、自分の安全をなげうってまで、ノアルさんを助けようとしているわけで。二人は急接近しているわけで。
「と……と……」
胸の中に湧き上がる、この気持ち!
そうそう、こういうのですよ。
介護やブラック労働にかまけて、まったくもって青春できなかった私の人生に足りなかった、ときめきイベントは──!
「尊いっ!!」
私の中の、熱い気持ちが最高潮に達した瞬間。
……私の身体の中から、まばゆい光があふれ出した。
身体から光があふれ出す。
無数のブラウザっぽいエフェクトが、乱立する。
──
──
──
──
──
止まらない。止められない。
首にかけた
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