第31話 セミナー潜入②

 というわけで。

 私たちは怪しげな男に、ノコノコとついてきたわけだ。


 連れてこられたのは、なんの変哲もない商店の二階だ。

 夜は酒場でもやっているのだろうけれど、今はお店の人たちはキッチンで仕込みをしている最中みたいだ。

 私たちを連れて来た男は、顔パスで二階に入っていった。


(うまく潜り込めたみたい……)


 人の良さそうな笑みを浮かべているアインツさんは、疑うってことを知らないお坊ちゃんにしか見えない。そんなアインツさんに手を握られて、なんとも言えない顔で黙って俯いているノアルさんは控えめで自己主張ができない新妻だ。


 まったくもって怪しまれていない。

 潜入捜査なのだから、それで正しいのだけれど──。


(おわっ、いかにもって感じ!)


 二階には、真っ白いローブを纏った人が三人座っている。

 鳥のくちばしを象った仮面が、フードの奥から伸びていて不気味だ。

 いわゆる、ペスト医者のマスクみたい。


 私たちと同じような親子連れが、何組かいるみたい。


「あの、あなたがたは今日が初めてですか?」


 おずおずと話しかけてきた女性は、なんだか目が据わり気味。

 アインツさんが、うまく話をあわせる。


「そうですね、もう何度も……?」

「ええ、そうです! 本格的に拝塵教団に入信しようと思って──」


 拝塵教団。

 その名前が出た。

 やったね、ビンゴだ。


 まったく別口の新興宗教セミナーに連れてこられてしまったらどうしようと思っていた。もう、お局様に水を売りつけられそうになったのがちょっとしたトラウマになっているのだ。


「みなさま! お待たせいたしました!」

「今日はご見学の方がいらっしゃっています。みなさん、魔塵を受け入れてからの体験談と幸福をシェアしてください!」


 教団の人間が、ニコニコと話し始めた。

 うわぁ、びっくりするくらい胡散臭い!


(うわわわわわわっ)


 笑顔、笑顔、笑顔。

 ずらりと並んだ笑顔の人たちが、私たちを取り囲んでくる。


「お邪魔いたします」

「ど、どうも」 


 ひく、とアインツさんの笑顔が引きつった。



***



 ──数時間後。


「……というわけで、魔塵を必要以上に人間の生活領域から排除してきたことで様々な問題が──」

「魔塵に触れながら育つことで、子どもたちに大いなる力を──」


 途切れない。

 同じセミナー参加者からの、熱弁が、途切れない。

 私は今こそちびっこの特権を活かして、話がよくわかっていないフリでどうにかしているけれど、これはかなりつらい……!

 ノアルさんは、さすが隠密部隊というか。「まあ」「そうですか」「なるほど」の繰り返しで、どんどん情報を抜き取っていく。

 ニンジャ的な戦い以外にも、こういう仕事がたくさんあるのだろう。

 

 一方、アインツさんはというと……。


「あ、はは……」


 笑顔が、完全に引きつっている。


(こ、これは……!)


 私の脳裏に、フラッシュバックする前世の記憶。


 育ちのいい、お坊ちゃん新入社員。

 察しのいいマルチ商法お局。

 数ヶ月後に、水の”良さ”を熱心に語りはじめたお坊ちゃん……!


(これはとても、まずい状態っ!)


 ほら、もうアインツさん目がうつろだし。

 おめめがグルグルしはじめたし。



「ええと、あの、ぱぱっ!」

「……あは、あははは」

「ぱぱーーっ!」


 はっ、とアインツさんが私を見た。

 今、私たちが「家族」を演じているのを思い出したみたいだ。


「あら、どうしたのかしら。サクラちゃん?」


 普段はさっぱりとした喋り方のノアルさんが、お淑やかに首をかしげる。


「ぱぱ、といれ!」


 とりあえず、外に出てリフレッシュさせなくちゃ。


「と、といれ……?」

「サクラ、もう飽きちゃった! といれつれてって!」

 

 幼児言葉丸出しだ。

 正直、中身はいい年した女なので恥ずかしい。

 恥ずかしいけど、今はそんなことは言ってられない。


「……あなた、お願いしていいかしら?」


 ノアルさんは、この場から離れない選択をした。

 彼女の任務は、拝塵教団への潜入だ。それはそう。


 宴会場の奥に座っている、目深にフードを被った偉そうな人たちが、じっとこっちを見つめているような気がする。


(見張られてるんだ)


 教団のひとりが、私とアインツさんを連れて宴会場の外にだしてくれた。

 私は、ひときわ大きな声でだだをこねる。


「ぱぱ! サクラ、もうあきた! そとだして! そとー!」

「あ、えっと……どうしよう」


 もちろん子育ての経験なんてないアインツさんは、おろおろするばかりだ。

 大声で騒ぎ続けると、次第に教団の人がイライラしてきた。


 ここで会合をしていることは、なるべく知られたくないはず。

 となれば、開店準備中の居酒屋で騒いでいる子どもなんて迷惑極まりないはずだ。


「ちょっとお父さん、いいからその子を静かにさせてもらえませんか?」

「すみません、わかりました……」

「とはいえ、あまり気にしすぎずに。もうすぐ、魔塵が配られますから、早く戻ってくださいね」

「はあ……」


 店の外に出ると、アインツさんが大きく溜息をついた。

 情報の洪水から解放されて、ちょっと落ち着いたようだ。


「だいじょうぶですか?」

「ええ……サクラ殿、ありがとうございます……慣れない仕事は、うまくいかないものですね……」


 力なく笑う顔は、どことなくあどけない。

 なんというか、アインツさんがいたからこそ、「いいカモ」として声をかけてもらえたんだろうな……と確信した。


「ノアルは、やはりすごいな」


 ぼそ、と呟くアインツさん。

 その横顔には、純粋な尊敬が浮かんでいた。


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