第30話 セミナー潜入

「ところで、拝塵教団の集会っていうのはどこで行われているんだい?」


 と、私を抱っこしたまま顔色ひとつ買えずに歩くアインツさん。

 もちろん、その程度のことを調べていないノアルさんではない。


「少し厄介なのですが……毎回、開催場所が違うんです。教団内部に潜り込ませている手の者にも、直前までは知らされない。末端のものにはわからないと」

「へえ、徹底しているんだね」


 アインツさんが目を丸くした。


「……ええ、不自然なほどに」


 ノアルさんが唸る。

 本来であれば、開催場所を確定することができるのならば、こんなリスクのある潜入作戦に踏み切る必要もなかったわけだ。


「ですが……私たちはか、かか、か」

「うん」

「家族、ですから!」

「うん、うん!」

「それはもう仲良しでハッピー極まりない家族ですから。ええ! 向こうから、勧誘に来てくれるはず……」


 拝塵教団。

 衰弱死を招く魔塵症など、さまざまな困り事を引き起こしている魔塵を、天からの賜り物としてあがめ奉っているとか。

 魔塵によって引き起こされる、様々な事象を「福音」としてとらえている。そのため、いたるところに魔塵をまき散らしているわけだ。

 それによって魔塵症──罹患すると、咳が止まらず、魔力が滞り、少しずつ衰弱して、やがて死んでしまう病気がふたたび王都に蔓延している。


 この間の図書館騒動も、彼らの仕業だとか。

 困っちゃうなぁ、と私は思わず溜息をつく。


 どうやら、理想の学園生活が待っているはずの王立学院が閉鎖されているのも、魔塵症の流行が原因だ。


「……せめて、ちりょうできればな」


 首に巻いたスカーフを、ぎゅっと握る。

 私の魔力で魔塵を浄化できるなら、手立てはありそうだけれど……。


「とにかく、拝塵教団は家族連れを狙ってきます」

「ああ、つまり僕たちがやるべきことは……バザールを目一杯楽しむこと」


 と、アインツさんがぱちんとウィンクをした。

 あーあ……。

 案の定、直撃をうけたノアルさんが、目に見えて顔を赤くする。

 ですよね、そうなりますよね。


「あ、あわ……」

「ん、大丈夫か? もしかして、体調が悪いとか」

「ち、ちがいます! 任務にあたって、わ、私がコンディションを崩すなど!」

「あはは、それはそうだ。君ほど優秀な人は知らないさ。僕と張り合おうとして、実際にそれができた人間なんて……他にいないよ」

「あ、あはは……あは……」


 アインツさんは、本当にノアルさんを買っているみたいだ。

 予備学校時代のことが、印象に残っているんだろう。

 いいなあ、青春。

 うらやましいなあ……。


「さ、手を」


 ああ……。

 アインツさんが、とどめを刺しにきた。

 私を左腕で抱っこしたまま、微笑んで右手を差し伸べる。

 その先にいるのは、もちろんノアルさんなわけで。


「な、なな……」

「僕たちはなんか睦まじい夫婦だろう。手を繋いで歩くのは変なことではないでしょう」

「へっ?」


 はい、光の微笑みです。

 ノアルさんが、いよいよワナワナと震え始めた。


「ほら、僕たちが彼らにとって”上客”だってアピールしないと」

「そ、そそそそうだな。うん、そうだな!」


 ノアルさんがぎゅっとスカートを握ってから、差し伸べられた手をとった。


(わ、まぶしい!)


 もう、見ていて恥ずかしい初々しさだけれども、さすがは美男美女である。


 手を繋いで、仲睦まじくバザールを歩き回る。

 お土産物屋に声をかけられるのを、スマートにいなしているアインツさん。一方、ノアルさんは普段のクールビューティーはどこへやら……というしおらしさで、俯いて歩いている。


 それが、むしろ新婚さんっぽいというか。

 周囲の視線が、さっきよりも集まっているのを感じる。

 目立ちすぎていないだろうか、と不安になるくらい。


「へえ、屋台のごはんっていうのは、作る課程を見るのも面白いものだなあ……」

「あ、あれは踊りながら鉄板焼きを作るというパフォーマンスだ。ぼったくり店もあるから気をつけろ」


 アインツさんが、大げさなくらいに関心してみせる。


「なるほど、君は詳しいんだね。世間知らずで恥ずかしいな」

「そんなことは……」


 こそこそと囁き合う様子なんて、なかなかお似合いのカップルだと思う。

 焼きトウモロコシが美味しそうだけれど、露店の食べ物は魔塵の影響が強いかもしれないそうで、食べることができなかった……残念すぎる。

 朝早くに城を出てきて、もう太陽も高く昇っている。

 うーん、お腹がすいてきた。


「ん……あれは」


 こっちをじっと見つめている人影を見つけた。

 一般人に溶けこむ格好をしているのだけれど……なんだか、怪しい視線を感じる。


 白いシャツに、白いズボン。

 特長がなさすぎるのが、逆に特長というか……。


 ノアルさんも、そちらに意識を集中している。さきほどまでのてれてれっぷりが消え去っている。さすがといえば、さすがだ。


「エーベルバッハ殿」

「おっと?」

「……アインツ」

「なんだい?」

「三人ほど、私たちを見張っています」

「へえ、僕が気づいていたのは二人だった」

「六時の方向、建物の中にひとり」

「ああ! 見落としていたな」


 わあ、かっこいい。

 じれったいカップルだと思って油断していると、二人とも本当に有能なのを忘れてしまう。でっかい泥蛙竜トード・ドラゴンを一刀両断だもの。

 ノアルさんは隠密──つまり、戦闘に特化したスキルを持っているわけではない。

 それでってことは、アインツさんは……。


「こちらへ。わたしたちに声をかけやすいように、人気の無い場所に彼らをおびきよせます」

「了解したよ、砂糖菓子」

「んぐっ……こ、こっちへ」


 大通りを離れて、石像のふちに腰掛ける。

 さすがに相手も馬鹿じゃない。

 すぐに話しかけてくるようなことはしないみたいだ。


「サクラ様は万が一にも危険がないように私たちの側を離れないようにしてくださいね」


 そっと、ノアルさんが囁く。

 私は、こくんと頷いた。


「……あの、ふたりは、がくせーじだいのおともだち、なんだよね」


 天気の話や、バザールの感想を話し終えて。

 なんとなく気まずい沈黙が流れたので、切り出してみた。


「おや、誰に聞いたんですか……って、リリィ以外にいないか」

「あの人、相変わらず余計なことを」


 まんざらでもなさそうなアインツさんに、露骨に嫌な顔をするノアルさん。

 ああ、もう。じれったい。


「ふたりは、なかよしじゃないの?」


 きょとーん、という顔で尋ねてみる。

 もう、こういうのは任せてほしい。

 前世では、あらゆる恋バナの聞き役をやってきたのだから。

 自分が恋愛するなんて、時間も気力もなかったけどね……。


 ノアルさんとアインツさんが、顔を見合わせる。

 よし、どうだ。

 ここまですれば、さすがにふたりともお互いを意識するだろう。


「……あー」

「えーっと……」


 お互いに照れて、固まってしまった。


(嘘でしょ……)


 思えば、お母さまとお父さまは私がこの世界で目覚めたときから、暑苦しいくらいにラブラブだったから、こういうは久々だったな。


「こほん」

「サクラ殿、すまないがこいつとは、そういうんじゃない。仲なんて良くない!」

「あはは……潜入捜査の役作りっていうのも、なかなか難しいものだね」


 三人で苦笑いをしていたら。

 唐突に、声をかけられた。


「……あの、今お時間ありますか?」


 振り返る。

 とても感じのいい、満面の笑みを浮かべた男性。


「おや、僕たちに何か御用ですか?」


 アインツさんが、完璧なスマイルで応答する。


「ええ……本当は限られた方とだけ、分かち合っている会合なのですが。とても素敵なご家族とお見受けしましたので、特別にお声かけしてしまいました」


 つらつら、ぺらぺらと、腹にもないようなことを吐き続ける男。

 これ、なんだか覚えがある。


(すっげぇ高い水を売りつけてきた、お局だーーー!!)


 あの空気感に、そっくり!

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