第29話 帝都の大通り
まだ太陽の姿が空にハッキリとは見えない早朝に、私たちは王城を抜け出した。
ひとくちに「お城」と言っても、建物ひとつがドーンと建っているだけではない。
シャンガル帝国の誇る、巨大な城にはトンガリ屋根の塔がいくつもそびえている。
広大な庭園と、そこに散らばるように建っている「ハウス」と呼ばれる宮廷内の重役や高位貴族たちの仮住まい。
城の裏には練兵場やノアルさんの住んでいる寮のような使用人たちの住居、小さな畑とちょっとした家畜を飼っているスペース……城ひとつだけで私の住んでいた小さな村くらいの規模感がある。
その、広いお城を取り囲む石壁の向こう側に帝都シャガールが広がっている。画家みたいな街の名前だって、<FFG>実況でいじられていたっけ。
「す、す、すごいひとぉ」
ノアルさんと手を繋いで歩く。
のだけれど、もう、今にも人の濁流に流されそう。
いや、満員電車には慣れたものだったけれど、それは遠い昔だし。前世だし。っていうか、そもそも今の体の大きさじゃ、むぎゅっと踏み潰されて終わるわ。
朝の満員電車でよく出会った生意気そうな私立小学校の生徒たち、こんな大変な思いをしていたんだなぁ……今更ながら尊敬してしまう。
「大丈夫か? 絶対に手を離すなよ」
「はいぃ……」
私くらいの大きさの子どもが抱っこされているのは、街中では珍しいのだとか。
最悪、人攫いと間違えられてしまうかも……ということで、今日はひとりで歩いているわけだ。
(うえーん、せっかくの街中なのに……)
これでも、帝都大聖域に召喚された赤子として、王城に軟禁されている身だ。
帝都の様子を、じかに体験できるチャンスなんて限られている。
現状、私が見られているのは大量の人間の足である。
足、足、足、たまに犬っぽい生き物、足足足!
「はぁ……」
すでにうんざりしてきた。
田舎に帰りたい。
「サクラ殿……じゃなかった、サクラちゃん?」
「え、あ、はい?」
そう、サクラちゃんだ。
なぜなら、娘だから。
「肩車、するかい?」
「えっ」
「ほら、よいっしょ!」
「わ、わ、わー!」
一気に視界がひらける。
頭、頭、頭!
立ち並ぶ露店がたくさんある。
朝っぱらから、とんでもなく華やかな雰囲気だ。
「朝市のバザールか……人が多い」
「あさいち」
「うん、東通りのバザールは月に何度か開催されるんだ」
ノアルさんが言う。
「拝塵教団の集会は、このバザールの日を狙っているそうだ」
「な、なんで」
「気を隠すなら森の中、人を隠すなら──」
「ひとのなかっ!」
「そういうことだ」
この人混みであれば、たしかに怪しげな集会をしていたとしても、ちょっと目立ちづらいかもしれない。
「おい、その子を落として怪我なんかさせるなよ。エーベルバッ……じゃなくて、あ、あ、アインツ!」
ぎこちなくアインツさんの名前を読んだノアルさんに、それはそれは流暢にアインツさんは微笑みかけた。
「なんだい、僕の砂糖菓子?」
ノアルさんは、再び硬直した。
(ふぁ~~~、さ、砂糖菓子! こんな虫歯になりそうなセリフを、よくもまあいけしゃあしゃあと……)
エーベルバッハ家は、図書館で読んだ帝国史のなかにもたびたび名前が挙がった名門貴族だ。その一族の末裔であるアインツさん。
圧倒的な育ちの良さで、陽のオーラを纏っている。
周囲からも視線が集まっている。
どんなに庶民的な服を着ていても、高貴な魅力があふれ出て止まらない。
っていうか。
肩車されている私にも、視線があつまっているような……。
「見て。すごい美形の夫婦」
「やっぱり美形の子も美少女なのね」
「ほんとに、お人形さんみたい」
あれ、もしかして、私も褒められてる?
たしかに、最近はいい生活をさせてもらってる。
北の村に住んでいた頃も、衣食住に不自由はしないし、自然に囲まれていい生活をしていたけれど……お城にやってきて、ごたごたが収まってからは毎日、いい湯加減のお風呂で湯浴みして、いい匂いのする香油やポーションを髪や肌に塗ってもらっている。食事も栄養豊富で、睡眠時間もたっぷりとれている。
たしかに、最近、なんとなく肌触りが違う。
ほっぺたなんか、内側からぴかぴか輝いているようだ。
まあ、子どもの肌だから、もともと何もしなくてもモチモチだったけれど。
(もしかして、私……けっこう可愛いのか……いや、たしかに『サクラ』は性能的にもビジュ的にも人気キャラだったけども!)
ぶっ壊れ味方強化バフ性能のせいで、「過労死聖女」扱いされていることしか覚えていなかったが……たしかに、可愛いキャラだった。
アインツさんの放った「僕の砂糖菓子」の衝撃から立ち直ったノアルさんさんが、そっと私たちに囁く。
「大丈夫ですか、潜入まであまり目立ちたくありません」
「え? 僕たち目立っているかな」
わあ、無自覚!
潜入捜査が無事に終わるまで、ノアルさんの心臓が持つのかしら。
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