ちびっこ聖女は帝都見学したい

第28話 家族ごっこ

 数日後。

 ついに、魔塵教団への潜入捜査の日がやってきた。


 早朝。こんこん、と折り目正しいノックの音を聞いて、私はリリィさんの名義で借りてきてもらった本を閉じた。

 集合場所は私の部屋だ。

 侍女のメアリーには、すでに偉い人から根回しがあったようで、今朝は部屋にはやってきていない。原稿、捗っているといいな。

 入ってきたのは、ノアル・シュヴァルツさんだった。


「……やあ、おはよう!」


 ノアルさんは、明らかに寝不足の顔だ。

 あーあ。目の下に濃いクマがある。せっかくの美貌が台無し。

 まあ、気持ちはわからなくはないかな。


 だって、学生時代から気になり続けている相手であるアインツさん──しかも、たいへんな美形と「家族ごっこ」をするのだから。

 しかも配役は、夫婦役。

 そりゃもう、眠れなくもなるだろう。

 初対面のときの冷たく暗い印象と、泥蛙竜を両断したド迫力の立ち回りを思い出す。あのときのノアルさんとは、まるで別人のようだ。

 ちょっと、微笑ましいかも。

 

「ねむれなかった?」

「ま、まさか! 任務なんだ、これは。帝都隠密隊の一角としてふさわしく体調も万全、精神も研ぎ澄まし……」

「そ、そうでしゅか」

「本当だ!」

「はいはい」


 任務とはいえ、街中での集会に潜入することが主な目的だ。

 ノアルさんの服装は、黒ずくめの覆面ではなくてこの世界でのごく一般的な女性の身なり。菫色の丸襟シャツに、くすんだピンク色のバルーンスカートがふんわりと揺れる。肩に羽織っている大きなスカーフでオシャレに差をつける。


「そういえば、図書館の件でリリィ・フラム宮廷魔導師殿と関わったとか」

「うん」

「ふむ。彼女ならば、あなたのことは」

「……うん、バレました」

 

 やっぱり、とノアルさんはこめかみを押さえる。

 リリィさんの魔眼のことを、ノアルさんはずっと気にしていたらしい。


「でも、とりあえず、ひみつにしてくれるって」

「ならいいだろう。彼女、約束を違えるような人じゃないし……ひゃあっ!!」

「おはよう……って、驚かせたかな」

「あ、あ、アインツ!」


 素っ頓狂な声で飛び上がるノアルさん。

 背後から声をかけられて驚いているなんて。だ、だいじょうぶかしら、手練れの隠密……いや、アインツさんも同じく手練れの騎士だし、そのせいかもしれないけれど。

 そんなことを考えながら、私はノアルの背後で今日も完璧なスマイルを浮かべている爽やかな美形の騎士に、小さく手を振った。あ、振りかえしてくれた。いい人。


 アインツ・フォン・エーベルバッハさん。

 普段の輝かしい騎士団の甲冑姿ではなく、町で働く青年の格好だ。汚れが目立たないとかで、軽作業のときに好まれるチェックのシャツに厚手の吊りズボン。服装自体はスタイリッシュとはほど遠いのに、アインツの気品が上乗せされて、どこからどう見ても「人のいい好青年」だ。


「ご機嫌麗しゅう、サクラ殿。今日はよろしく頼みます」

「こちらこそっ」

「シュヴァルツ殿も、どうぞよろしく」

「う、うむ。よろしく頼む。それにしても、いい変装だな?」


 たしかにアインツさんの服はご丁寧に着古した感……いや、イケメン着用により「こなれ感」を醸し出している。


「よかった。極秘任務なので誰にも相談できなかったから、街の見回り途中に古着屋で見繕ってみたんだ」

「そうなのか。わ、私に言ってくれれば、すぐに一揃え手配したのだが! 赤いチェックは少し流行遅れだそうだ、今は青が……」

「ははは。すこし前の流行りのほうが都合がいい。何せ、今日の僕は『お父さん』なのだから」


 にこっ、と微笑むアインツさん。

 ま、ま、眩しい!

 アインツさんa.k.aさわやかイケメンの完璧な笑顔に、私とシュヴァルツさんは思わず揃って目を細めた。サングラスが、ほしい!


「サクラ殿も、今日のお召し物はとても似合っていますよ」

「そ、そう?」

「はい。とても、可愛らしい」

「えへ、えへへ」


 今日の私の服は、皇帝陛下が持ってきたお母さまの子ども時代の服の中からいちばん地味なものを選んだ。

 空色のワンピースに、きなり色の細いストライプ。

 大きな丸襟には、細かなレースが縫い付けられている。

 きっと、お母さまの金髪にあわせて仕立てられた服だろうけれど、私のピンク色の髪にも馴染んでくれているはず。

 お母さまの服はどれも、見るからに「お姫様」で、フリルとリボンがコテコテにあしらわれていたが、このワンピースならばギリギリ、庶民のお出かけ用の晴れ着に見えなくもない……と、思う。


「うーん……仕立てが良すぎる気がしますが、まあ、かなり古いものですしいいでしょう」


 ノアルさんのOKも出た。

 ひとまず、安心だ。


 というのも、ノアルさんが私用にと選んでくれていた服が……かなり……ダサかったのだ……巨大なウサギちゃんらしき生き物のワッペンがついた服は、さすがの女児でも恥ずかしいです。


「よし、確認だ。これから、都に魔塵をまき散らしているという拝塵教団の集会に潜入する。教団は幼い子どものいる家族を狙って布教を行っているという……作戦の確度向上のため、子ども役として幼いお体に淑女の魂をお持ちだというサクラ殿にご同行を願います」

「はいっ!」

「サクラ殿の母親役には隠密隊のエースであるシュヴァルツ殿。あなたには、もしものときには魔塵の浄化をお願いします」

「……了解」


 本当は、その「浄化」をするのは私の役目なのだけど。

 でも、そんな聖女っぽい芸当ができることはアインツさんにはナイショだ。


「そして、父親役は私……帝都騎士団アインツ・フォン・エーベルバッハが」


 全員で、こくんと頷く。

 要するに、怪しげな集会に潜入して、実情を探るわけだ。

 私の役目は「子ども」を演じること。

 ちょっと緊張するけれど、ノアルさんとアインツさんがどうにかしてくれるだろう。


 私を安心させるように、アインツさんが白い歯を見せて笑う。


「さて、では行きましょう。僕の可愛い娘に、すてきな奥さん!」

「「……っ!!」」


 笑顔が眩しい! サングラスをくれ!

 ……ノアルさんがアインツさんに惚れる気持ちが、ちょっとわかってしまう気がした。

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