第27話 ちびっこ聖女は読書したい

「……ってことで、あいつらは学生時代からずーーーーーーっと寸止め両思いみたいな感じなんだよ」

「はわぁ」


 やれやれ、とリリィさんが肩をすくめる。

 十代前半に見える彼女だけれど、なかなか耳年増のようだ。


「で、アインツは花形の帝都騎士団に所属。出世ルートに乗ってて、ゆくゆくは宮廷の意志決定に関わる立場になるだろうな。で、ノアルはかたや帝都隠密隊に所属になったわけだ」

「ふむふむ」

「……ぶっちゃけ、そこの二つの組織は関係が冷え切ってるんだわ」


 なるほど!

 つまりは、立場が二人を引き裂いた。

 素直に感情を表すことができないので、あんなじれったいことに。


「……んー、たちばだけのもんだいじゃ、ないだろなぁ」

「そうだな、あいつら昔から不器用っつーか……自分が色恋沙汰の渦中にいるって理解してねーんだわ」


 見てるこっちが恥ずかしいぜ、と口元をにやりと歪めるリリィさん。

 たぶん、当時からあの二人の観察を楽しんでいたのだろう。わかるぞ、その気持ちは。


 ノアルさんは、仕事熱心な人だ。

 おそらくは、予備学校を卒業して隠密隊に配属されてからはずっと任務に忙殺されていたのだろう。おじいさま……いや、国王からの命令でサクラを預かっておくようにと言われたときの狼狽っぷりから、たやすく想像できる。


「ほんっとに、つまんねーの」


 BL小説愛好家である彼女の、偽らざる本心だろう。

 『秘密の薔薇園』シリーズは、恋愛描写も濃厚で乙女心をくすぐるものだったし。


(ふむ、これはチャンスかも!)


 両片思いのふたりが、仮初めの夫婦として潜入捜査。

 これは──お膳立てはバッチリだ。

 拝塵教団捜査に同行できるのは、私だけ。


「で、聞きたいことはそれだけか?」


 こくん、と頷く。

 すぐにリリィさんは本を開いて、視線を落として独り言を続けた。


「すごかったんだぜ、あたしが予備学校にいたのは共通家庭の1年間だけだけど、その間にあった4回の試験中にはずーっとあいつらが張り合って成績トップ2を独占……剣技の実技試験での打ち合いなんか、ありゃ実質セッ……こほん!」


 子どもの前で言うことじゃないな、とリリィさんが呟いた。

 いやいや、そっちだって子どもでしょう!というツッコミはなしだ。

 私の方の事情を呑み込んでくれているのだから。


 ぽぉん、ぽぉん、と軽やかな時報が鳴り響く。

 そろそろ昼食の時間だ。戻らないと。


 午後からは魔塵汚染騒動で閉鎖していた図書館が使えるようになるそうだから、メアリーに連れて行ってもらおう。この国の英雄伝説や神話、それから学校制度についてはざっくり調べ終わったけれど、まだまだ読みたい本がある。

 魔術関連のことなんかは、さっぱりわからないし。

 一度に借りられる冊数に限りがあるのが、ちょっときついところだ。


「……図書館行くのか?」

「え、はい。そうです」

「あたしの名義、使っていいぞ」


 ぽい、と投げてよこされたのはリリィさんの署名のある覚書だった。


「冊数制限も貸出期間も、一般納税の市民よりもかなりゆるくなる……侍女をつけてまで毎日通い詰めになるくらいなら、自分の部屋で読んだ方がいいだろ」

「あ、ありがとうございます!」


 正直、かなり助かる。

 覚書を大切に手の中にしまう。


「そ、そのかわりといっちゃなんだが……」


 何か言いたげなリリィさん。

 ははぁ、なるほど。そういうことか。


「メアリーには、わたちのへやで、しっぴつにはげむよう、いいつけますね」


 私の専属ということになっている侍女の、もうひとつの顔。熱狂的な人気を誇るBL小説シリーズの作者。その読者ファンであるリリィの願いといえば、いち早く続刊が世に出回ることだろう。


「……わかってんじゃねーか」

「ふふ、もうひとり、だいふぁんをしってるので」


 きっと、今は旅先でお父さまとの蜜月を過ごしていらっしゃるお母さまも、『秘密の薔薇園』の続刊をとても喜ぶだろう。

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