第26話 腐れ縁

「あいつらの、関係ぃ……?」


 心底面倒くさそうに、リリィが首をかしげた。

 そう。私が知りたいのは、ノアルさんとアインツさんの関係だ。


「なんか、こう……ノアルさんがいつもとちがうから」

「あいつはな~、あれでよく隠密部隊なんかやってるよ」


 リリィが指をぱちんとひとつ鳴らした。

 何冊も開いていた分厚い本が、バタバタバタンと閉じていく。


「で、あんたの見立ては?」


 サクラに問いかける表情は、完全に大人向けのものだ。

 リリィさんの魔眼は誤魔化せない。


「……たぶん、ノアルさんはアインツさんのことが好き……」


 言葉にしてびっくりするけれど、こんな中学生男女みたいな理由でちょっと関係がたどたどしいのかしら。思わず、むーんと腕を組む。まだまだ腕が短いので、上手に腕組みができないのだけれど。


「そのとーり。あいつらはさ、昔からの腐れ縁なんだわ」

「腐れ縁?」

「ああ、帝国予備学校のな」


 予備学校……学校!

 私は図書館で読んだ学校制度に関わる本の内容を思い出す。


 シャガル帝国予備学校。

 それは騎士団、宮廷魔導師、その他高級文官の養成機関だ。

 強いだけでは、帝国に仕えるに値しない。

 帝国への忠誠心と、民への奉仕の精神を学び、宮廷直属たるにふさわしい人材を育成するのである。貴族たちが通う王立学院とは、学院の目的からして異なっている……けれど。


 いいな、いいな。青春だ。

 しかも、腐れ縁。

 それって、つまり、ノアルさんとアインツさんは昔からの知り合い。

 かつてのライバルだったりとか、あるいは当時から惹かれ合ってたりとか。

 というか、それよりも。


「リリィさんも、どーきゅーせー?」

「あー、一応な」


 そうか、飛び級というやつ。


「あたしは予備学校には1年しか通ってないけど」

「たしか、よびがっこうは、2年制だったような」

「そう。専門課程なんて意味ねーから、帝国官僚としての基礎部分だけ履修した」

「え、そっち!?」

「当然だろ。魔眼持ちでも、その程度の特例しか認めない……ってとこが、この国のいいところであり、悪いところだ」


 ふん、とリリィさんは鼻を鳴らした。


「……まだ何かあんの?」


 と、つまらなさそうに書類をめくりはじめたリリィさんに、おそるおそる訊いてみる。


「ノアルさんとアインツさんのこと……もうちょっと、くわしく」

「……意外と俗っぽいのな、あんた」

「うっ」

「まあ、中身はそれなりのオトナなんだし、そんなもんなのかね」


 ニヤニヤと笑っているリリィさん。

 あきらかに、私の反応を楽しんでいる!

 図書館で触手にビビりまくっていた時とは別人のようだ。なんか、ずるい。


「じゃあ、あたしの知ってることだけな」


 リリィさんが椅子の上にふんぞり返る。


「あいつらのおかげでさ、あたしがはじめて『敗北』っていうか、『挫折』やつを知ったんだよ」

「えっ、もしかして……さんかくかんけい!」


 ノアルさんとアインツさんいついて、語りはじめた。


***


 それは、ある春の日だったそうだ。

 入校してくるノアル・シュヴァルツは、東方からやってきた巫女に手を付けた先帝の隠し子である──という噂は、すでにシャガル帝国予備学校に広まっていた。

 彼女の行く先は、騎士団か、魔導師団か、それとも官僚か。

 東方の巫女といえば、シャガル帝国では珍しく、さらには魔塵症や魔獣に悩まされている

特に祓いを司る魔力(彼らは「霊力」と呼んでいるが)に優れた術者として有名だ。


 そこにきて、先帝の隠し子説。

 さらに言ってしまえば、まだ黒衣をまとっていなかったノアルは若く、美しく、瑞々しかった。ミステリアスなわけあり美人である。もちろん、ノアルに話しかけるような人間はいなかった。

 たったひとりを除いては。


『ノアル・シュヴァルツ、だね。同期生としてよろしく頼む』


 それが、アインツ・フォン・エーベルバッハだった。


『エーベルバッハ? たいそうな名家の坊ちゃんが、私生児になんの用事?』

『生まれなど、帝国に仕えるうえでは重要ではない……それがこの予備学校の理念だろう』

『……そう』


 教室の隅で冷めた目で様子を見ていたリリィのところまで届く、ピッカーンと光る白い前歯の輝きがまばゆかった。


 東方の巫女の血をひく母とともに、貴族の家で住み込みの使用人として過ごしてきたノアルが帝国貴族であるエーベルバッハ家の息子に気安く話しかけられるという事態は、彼女に戸惑いをもたらした。


 そして──。


『ノアル、すごいな!』


 一年時の最初の試験。

 帝国中の優秀な人材が集まった中で行われる、帝国法や地理、教養にかかわる試験である。騎士、魔導師、官僚を志す、すべての課程の生徒たちがしのぎを削る試験で、ノアル・シュヴァルツは学年2位の成績を取得した。

 生粋の帝国民でもなく、私生児で、さらには使用人という身の上のノアルの躍進に、周囲は「だれと寝たのやら」だのなんだの、あることないことを並べ立てた。

 主席であったアインツ・フォン・エーベルバッハだけは、手放しでノアルを賞賛した。


『あ、あなたに負けたくなかっただけ、です』

『そうか……僕は幼少期から家庭教師についていたけれど、君相手では次はうかうかしていられないな。これからは、ライバルとしてよろしく頼むよ』


 アインツがノアルを見る眼差しに、特別な者が宿った。

 ノアルの無表情な美貌に、赤みが差した。


(……なんなんだよ、あいつら)


 リリィは優秀だった。

 魔眼持ちの、稀代の天才として、特別扱いされることになれていた。

 しかし。


(こいつら、いちゃつくためだけに……あたしの成績、軽く抜いて行きやがった……!)


 なんだかよくわからない二人のいちゃつきの前に、リリィの誇りは打ち砕かれたのだった。

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