第25話 侍女メアリー
「あ、あんた……じゃなかった、あなたが、『秘密の薔薇園』の作者……?」
ふるふると震えながら、リリィが抱きしめた本の表紙とメアリーを見比べる。
メアリーは困ったように人差し指を唇にあてた。
「はい、さようでございます」
本の表紙には、『アメリア・アメジスト著』と書いてある。
なるほど、本名である「メアリー」を文字って「アメリア」、そしてよく見ると深い紫色をしている瞳にちなんで「アメジスト」というわけか。
リリィが尊敬の眼差しでメアリーを見つめる。
「だ、第一巻から読んでますぅ」
「ずいぶん若い頃から書いていますので、お恥ずかしいですが……」
「そんな! その、あたし……この図書館でたまたま『秘密の薔薇園』を見つけて……それ以来、ずっとファンで!」
「そうですか……司書の方にも熱心なファンがいらっしゃるようですね」
「あたしも新刊を早く仕入れるように、リクエストしてます!」
すっかり敬語になっているリリィだった。
メアリーはというと、自分の作品のファンと対面しているという状況がジワジワと効いてきたのか、赤面してドギマギしている。
「メアリーは、ごほんを書いて、じじょのしごともしているの?」
「はい、さようでございます。サクラ様」
おかげで生活費に不自由しておりません、とメアリー。
(なるほど、世知辛いんだなぁ……)
熱心なファンがいるとはいえ、この世界では本はそれなりの高級品。
庶民は貸本屋を使うのが普通だし、リリィほどの地位にあっても図書館を利用しているのだ。流行作家としての活動が儲け話になるわけではないようだ。
『秘密の薔薇園』シリーズは、サクラの見立てだとかなり人気があるようだけれど。
「その、なかなか特殊ですし、やや刺激の多い娯楽小説なのに何故か帝都図書館に収蔵されているのが気になっていて……たまに書棚を見に来ていたのですが、まさか宮廷魔導師殿までお読みになっているとは……」
返り咲きしたばかりの王女殿下も大ファンです、と伝えたらどうなるのだろう。
もしかしたら、衝撃でメアリーが侍女をやめてしまうかもしれない。
物静かで仕事のできる女性だ。それは困る。
「……とにかく、リリィ・フラム様。この件につきましてはご内密に」
「は、はい!」
「ご理解、ありがとうございます」
にっこり、と微笑んだメアリー。
普段のしれっとした表情とのコントラストが眩しい。
というわけで。
帝都図書館に発生した事件は収束した。
対処に当たった宮廷魔導師リリィ・フラムは報告書を作成するために、執務室へと早々に引っ込んでいった──のだが、その片手にはしっかりと参考資料として、強大な幻影を生み出した書物『秘密の薔薇園』シリーズ最新刊が握られていた。
ほっとした。
私が魔力を隠していることと、リリィがBL本を愛好していること。
お互いに秘密をひとつずつ。これはパワーバランスとしてはちょうど良いはずだ。
それと、もうひとつ。大きな収穫があった。
例のハタキだ。
数日後に行われる大規模な潜入作戦で使う魔導具の有用性が、まちがいないものになったということだ。
私の魔力を最大限に活かすことが前提とはいえ、これさえあれば誰でも広範囲にまき散らされた魔塵に対抗できる。なにせ魔導の素養がないメアリーが、あの気持ち悪い触手を一撃で仕留めたのだ。
事件の翌日。
私は城の中をてこてこと歩いていた。傍らには、侍女のメアリー。
拝塵教団への潜入作戦は明日に迫っている。
明日までに、知っておきたいことがあるのだ。
リリィ・フラムの執務室の扉をノックする。
ノック、ノック、ノック。
何度叩いても返事はない……ので、そっと扉を押してみた。
あっけなく、扉は開いた。
「りりぃしゃん、こんにちはー」
「は? ガキんちょ!?」
本と書類に埋もれていた美少女が、ガバッと振り返った。
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