第23話 ちびっこ聖女vs触手
触手だ。
どこからどう見ても触手である。
絶句しているサクラの横で、リリィが低く舌打ちをする。
「嘘だよ、こいつ……!」
ぬるぬると蠢いている触手の先端は、今の見た目が6歳の幼女であるサクラの口からはとてもではないが申し上げられない形状をしている。
完全にアレな触手だ。
モザイクないしは黒海苔修正が必要なビジュアルをしている。
「ぎゃあああ~~!」
「だめだ、魔導具がきかない!」
書棚の奥から伸びてきた触手が、逃げ惑う魔導師たちに絡みつき、引きずり込む。
その奥から、名状しがたき悲鳴が響く。
なんというか、ちょっと語尾に♡マークのひとつやふたつついていそうな。
リリィが震え始める。何が起きているのか理解できないと言った表情だ。
サクラは悟った。
図書館に発生した「幻影」は、魔塵をかぶった本に記述されている内容をもとに発生しているという。ということは、だ。
(こ、ここに……触手系のえっちな本がある……!?)
いや、まさか。
そんなはずは。
だが、そうこうしているうちに魔導師たちがひとり、またひとりと触手に捕らわれている。何故かサクラとリリィのほうにはやってこない。
サクラにも「自分は襲われないだろう」という謎の確信があった。
どぎついビジュアルと突然の事態に、リリィは軽くパニックを起こしているようだ。さっきまでの余裕はどこへ行ったのか、すでに涙目だ。
まだ十代前半に見えるから、この状況はキツかろう。
「ちょ、ちょっと! どうするんだ、これ……こんなの聞いてない!」
「り、リリィさん……おちついて……」
「あんたはどうして落ち着いてるんだよぉ!?」
「えっと、み、みためよりは……おとなだから?」
「そういうレベルじゃないだろーが! あたしほどじゃないにしても、手練れの魔導師どもなんだ。あいつらが踏みにじられてる……」
サクラと会話をして少し落ち着きを取り戻したリリィは苛立ったように叫びつつも、魔導を展開する。
掲げた右腕に、風が集う。
ぎゅるるる、と空気が渦を巻き、刃を形作る。
風の魔導だ。
「おら、切り裂け!」
リリィの放った風の刃が、触手をちょん切る。
捕らえられていた魔導師が、なんとか触手から逃れた。
地面に落ちた触手の断片が、ビチビチィ!っと元気いっぱいに跳ねて、溶けるように消失する。
(すごい、さっきは火の魔法を使ってたのに! リリィさん、色々な属性の魔法が使えるんだ)
すごい、と漏らすとリリィは得意げにふふんと鼻を鳴らした。
「当然だ。魔眼だけだと侮られるくらいなら死んでやるさ」
なんとも、負けん気が強い。若い女の子が宮廷魔導師として働く、というのは、これくらいのパワーが必要なのだろうか。
「とはいえ、書物の本体に傷がつくのは避けたい……どうにかあいつを祓うぞ」
やはり魔導士というのは、いかなる本でも守ろうとするのかしら。
感心していたサクラの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「ま、まって……さ、再生してゆ!」
「ぐっ! や、やっぱりか! 『秘密の薔薇園、月光の城』シリーズの触手だろ、こいつ!!」
「ん、それって……」
『秘密の薔薇園、月光の城』。
かつて、小さな村に住んでいたときに母……アマンダが貸本屋から熱心に借りていた書名だ。『秘密の薔薇園』がシリーズ名。後ろの語句がシリーズに応じて変化する。
(お母さまの読んでらしたBL本、そんなにハードな内容だったの!?)
薄々、内容は察していたけれど!
というか、思えばさっきから執拗に狙われているのは男性の魔導師ばかりだ。
つまり、やはりこの悲鳴はあんなことやこんなことを……。
サクラは思わず頭を抱えた。
こんなお子様、すぐにでもこの場から退場したほうがいいだろうに。
リリィが放った風の刃に切り落とされた触手が、すさまじい速度で再生していく。
ビキ、ビキ……っと音を立ててその威容を取り戻した触手が、サクラとリリィに気がついて、襲ってくる。
「ひゃっ!」
リリィがか細く悲鳴をあげた。
しかし、襲ってきた触手は二人の直前で見えない何かに弾かれる。
「……あんたの魔力か!」
「そ、そうかも」
「助かったけど……あんなバケモノ、どうやって……」
思案を巡らせているリリィ。
本棚の奥から響く、あられもない声。
触手のぬち♡ぬち♡という音。
これはピンチだ。
明確な、大ピンチだ。
こんな状況に、嫌に落ち着き払った足音が聞こえた。
「サクラ様、探しましたよ」
「……ふぁっ」
「あんたは侍女の……」
「恐れながら、メアリーでございます」
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