第22話 図書館の大掃除

「よっしゃー! 帝国魔導師にかかれば魔塵など瞬殺だ、瞬殺!」


 リリィの言葉に、魔導師のみなさまが「おー!」と拳を突き上げ、次々に魔導具ハタキに殺到した。サクラが手をかざして、ハタキに魔力を込める。武器と化したハタキを、魔導師のみなさまが手にして図書館中に散っていく。


 いざ、剣をとれ!

 いや、ハタキだけども!


 実に勇ましい光景だ。とはいえ、魔導具ハタキを構えたローブの大人たちがズラリと並んでいる様子は、なかなかに異様だった。

(お、大掃除だ……!)

 魔塵によって本から顕現した魔物たちが飛び回るのを追いかけて、ぱたぱたぱたっと祓って──いや、払っていく。シュールである。


 実際、モンスターだけではなく埃も舞い散っている。

 巨大な半透明のクジラ。

 コウモリのような羽根が生えた角兎。

 わたぼこり。

 甲高い声でケタケタ笑っている妖精の群。

 くもの巣。

 ちり、ごみ。

 手足が生えて走り回る家具。

 もうもうと立ち上るほこり。

 

「けほけほっ、普段から掃除しとけよな」

「てが、とどかないのでは……?」


 図書館の規模も、ちょっとしたものだ。

 天井まで届くような大きな本棚がずらりと並んでいる。

 本棚によってはハシゴもかかっていないのは、要するに「そう簡単には手に取らせない」ということだろう。

 一般開放されている書架に置いているのに、ケチだな。

 いや、「見せている」ことに意味があるのか。

 帝国にはこんなにたくさん、すごい蔵書がありますよ──と。


(あー……読みもしない小難しい哲学本、並べてるベンチャー起業の社長とかいたよな……まあ、うちの社長だけどさ)


 繁忙期もまっただ中に、社長あてに業界紙の取材が入ったとかなんとかで「写真用の本棚」に詰め込むための本を買いに行かされたのを思い出し、サクラは深く溜息をついた。


 そうこうしているうちに、宮廷仕えの魔導師さんたちが次々にバケモノたちを掃除していく。


「魔塵を被った書物と分離してモンスターが顕現するとは。こういう事例は初めてだ。報告書には……そうだな、「幻影種イマジン」とでも記しておくかなー。めんどくせ!」


 リリィさんが舌打ちをした。

 服装こそ頓着していないかんじだが、オッドアイの美少女だ。

 乱暴な言動と可愛い見た目とのギャップが、ガチャのぶん回る要因なのだろうか。


(ん、待てよ……たしか、この世界には「長命種」っていうのもいるんだよね。エルフとかドワーフとかのって種族の他にも、なんらかの事情ですっごい長生きになっちゃった人とか……)


 よく見ていた配信動画には、リリィ・フラムはほぼ登場していなかった。配信主がガチャで大爆死したからだ。残業中に見たあの配信は目も当てられなかった……あまりのグロさに、思わず途中で視聴をやめたほどだ。

 というわけで、リリィの詳細な設定は知らないわけだが。


(でも、「この歳で宮廷魔導師をやれてる~」って言ってたし、見た目通りの年齢なのかな?)


 それにしては、成長したサクラと同じような見た目だったような。

 シナリオがふわっとしたキャラゲーだったし、もしかしたらサクラが転生したこの世界とゲームの世界では時系列が入り交じっているのかもしれない。


 うーん、と首を捻っていると、「なあ」とリリィに声をかけられた。


「つーかさ、あれだけの魔力を魔導具に注入して、あんたは平気なわけ?」

「は、はい」


 隠し事は通じないだろう。

 リリィの金色の右目──魔眼「見通す者」と目が合う。

 ごまかせないし、もうバレてる。

 サクラはこくんと頷いた。


「さっすが。よかった、三交代制で仕上げた魔導具が無駄にならなかった」

「それって、わたしが今みたいにできなかったら、あのハタキは意味なかったってことですか……?」


 頭の中の言葉を、そのまま口にする。

 やや大人びた口調に聞こえるだろうが、リリィは驚かない。


「馬鹿。意味ないわけないだろーが……と言いたいところだけど、計算上この威力は出なかった」


 なら、あれだけ大量生産したのは──サクラが疑問を口にする前に、リリィがニヤリと笑った。


「あの呪いをあっさり解いてケロッとしてるガキんちょだ、これくらいできて当然って思ったから作ったんだよ」

「えええっ」


 もしもサクラが魔力を込められなかったら、徹夜作業が無駄になっていたというわけだ。考えただけでも身震いする。そんな重大な仕上げを、こんな子どもに任せないでほしい!


「ふふ、予定よりも早く魔塵の対応も終わりそうだな」


 リリィが浮き足立っている。

 書棚の一部をやたらと気にしているようだけれど。


「えっと、そしたら、私は帰ってもいい……?」


 すでにほとんどの幻影が

 外で待たされている侍女のメアリーが心配している頃だろう。

 魔力を誤魔化して「失敗作」ということになっているが、サクラは一応は皇帝の孫……という扱いになっているはずだ。何かあったら、面倒を見ている侍女の責任は重大だ。


「ああ、いいぜ。潜入作戦の前にこの魔導具の試運転も完了ってことで、あいつらにも報告を──」


 そのときだった。

 ビビビ、と嫌なしびれがサクラのうなじを走る。

 この感じ。前に感じたのは、泥蛙竜トード・ドラゴンに襲われたとき。


「なんだ……?」


 全体を監督していたリリィも、不穏な気配を感じたのだろう。

 活気に溢れていた図書館が静まりかえっている。不気味なほどに。


「うわあああ!! なんだ、このバケモノは!!!」

「き、き、きもちがわるい……ぎゃあああ、たすけてえええ!!」


 次の瞬間、書架の奥から悲鳴があがる。

 ぬち……みち……という、湿った音が響いたかと思うと、書架の列から離れた閲覧スペースに立ち尽くしていた魔導師たちが何かに引きずり込まれた。


「なんだ、今の!? 不定形モンスターか、いや、海棲種の顕現……?」


 彼らを襲ったのは、ぬめぬめとした蛸の足、イカの足。リリィはそう推察した。

 いや、ちがう。そうじゃない。

 サクラは、その正体を知っている。


(しょ、しょ、しょ、)


 彼らは前世で少々嗜んでいた、アレでアレな作品で登場する。

 今のは、間違いなく──。


(触手だーーーーーっ!!!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る