第21話 魔塵を払うハタキ

 スカーフの中で口をあんぐりとあけていると、リリィさんが「あ?」と驚いたような声をあげる。


「お前、アレが見える?」

「くじらと、こうもりと……」

「あと影をまき散らしてるおおかみの群れ」

「それ!」

「……それなりの魔導師じゃないと、アレは見えないハズだけどね」

「えっ」


 そのとき、へんなコウモリがこちらに向かって飛んできた。


「……燃え尽きろ」


 ぎぇっ、という短い悲鳴をあげてコウモリが燃えて灰になる。

 すごい!

 攻撃魔法だ! 初めて見た!

 リリィさんほどの手練れともなれば、たった一言でコウモリを燃やせるみたいだ。

 私が目をキラキラさせていると、リリィさんが「ふ、きまった」みたいな顔をした……と、同時に。近くにある書架からボッと火の手があがった。


「ぎゃーーー!!」

「あわーーーー!!!」

「みず、みず! 炎よ消えろ!!」


 どうにか火が消えた。

 まだぶすぶす、と煙があがっている。


「ふぅ……」


 あぶなかった。いや、アウトかもしれない。

 書架を確認すると表紙が少し焦げていた。

 火の手が派手だったわりには損傷が少ないともいえるが、とにかく図書館は火気厳禁である。


「クソッ、やはり予想通り本に魔塵が作用してるな」

「へんないきものをコーゲキすると……ほんがもえちゃう?」

「ああ、切り裂けば本が損傷するかもしれない」


 つまり、切り裂いてもいけないし燃やしてもいけない。

 そして、リリィ・フラムさんという人の得意な魔法は炎属性だ。


「……浄化か」


 めんどうだな、とリリィさんが舌打ちをする。


「叩いて対処できないやつらが一番嫌いなんだよ。……そこで、アンタの出番だ。ガキンチョ」

「あい?」

「あんたの浄化の魔力、他人に分けることはできるか?」


 それは……たぶん、できると思う。

 大聖女サクラの能力は、強力な回復と「バフ」の2つだったはず。

 バフ……つまり、他人の能力の底上げだ。

 自分の魔力を他人に分け与えるってことだから、浄化の力を貸与することも可能……なはず。


「できる、です」


 こくん、と頷く。


「もしそれが、『モノ』に浄化の魔力を付与するのだとしたら?」

「ちょっと、わからないけど……」

「やってみて。今は誰もみてないから」


 杖の先に、魔法陣の描かれた細長い布がくくりつけられている。

 なんか、見覚えがあるような。

 昭和の掃除道具。


「これ……ハタキ……」

「は? これは魔導師協会のエースたちが徹夜で作った簡易魔導具だ。浄化の魔力さえ流れれば、この杖で叩いたところの魔塵を無力化できる」

「しゅごい」

「来週、大規模な都市部のガサ入れがあるだろ。アインツに頼まれて、あれに合わせて開発してたんだ……ったく、人使いの荒い騎士様だ」


 ふぅ、と溜息をつく表情は、女の子とは思えない。

 やっぱり働くって大変だよね……。


「これに魔力を込めてみてくれ」


 リリィさんは私を図書館の椅子に座らせて、ずいっとハタキを押しつけてくる。

 魔力を込めるか。

 わからないけど……あちこち痛がるおじいちゃんの背中をさするようなイメージだろうか、いや、それとも……。


(あれだ! 超絶パワハラ上司との面接に向かう同僚に……親指立てる感じ……!!)


 ハタキに向かって親指を立ててみる。

 ……グッ!!


「は? なんだそれ」

「ううっ」


 リリィさんによる的確で冷静なツッコミに恥ずかしくなるけれど。

 ……ふわ、と。

 ハタキが白く光りはじめた。

 リリィさんが近くの本棚をバタバタとはたくと、舞い上がった紫色の塵が消えていく。それと同時に、空を飛んでいたピラニアっぽい魚が消えた。

 背表紙を見ると『危険な水棲魔物』というタイトルが見える。


「ふぅん……やるじゃん、ガキンチョ」


 にや、と笑ったリリィさんが図書館の隅を指さす。

 そこにはハタキが十数本ほど積まれていた。


 リリィさんが次々に手に持ってさしだすハタキに向かって、「グッ!」と親指を立て続けるのはなかなかにシュールだったけれど、心を無にしてやりきった。


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