第20話 ちびっこ聖女、図書館を浄化する

 というわけで、私とリリィさんは図書館近くの木陰に座っていた。

 小さなベンチがあって、吹く風が心地いい。

 侍女のメアリーはといえば、リリィさんに言われて本を返しに行ってしまった。

 私の面倒を見る「仕事」を放棄することに、メアリーはかなり難色を示していたけれど、上級職であるリリィさんに言われては逆らえないようだった。


「よし、誰も聞いてないな」


 リリィさんが木の幹に背中をあずけた。


(あわ……こんな……体育館裏にツラ貸せシチュエーション……!)


 お城の敷地内にあるとはいえ、一定の資格がある市民も出入りできるようになっているので図書館周辺は賑わっている……のだけれど、今日は急な休館に戸惑っている声が聞こえてくる。

 そりゃそうだろうな、と思う。普段の図書館、見るからに「じつは家庭に居場所がありません」という風貌の人たちがたくさんいたし……。


「単刀直入に聞くけどさ、あんた。母親の不妊の呪いを『解呪』したよね?」

「あ、えっと」

「魔力の数値もおかしかった。あたしの見立ての十分の一以下で計測されてる」

「隠匿系の術式か、あるいは呪符か……」

「ぎくぅっ!」


 私の魔力を隠してくれていた隠匿水晶ハーミットストーンの首飾りは、ノアルさんに返してしまっている。


「……やっぱりね。あたしの目は誤魔化せない」


 リリィさんは、片目を隠していた長い前髪をかきあげる。

 隠されていない左目は髪と同じような赤色だったけれど、右目は金色に輝いていた。なんだっけ、オッドアイってやつだ。これ。


「魔眼の一種で、『見通す者』っていう異能。アタシには魔力の流れが見える。こいつのおかげで、この年で魔導協会で働けてる」

「そ、そうでつか……」

「あとさ。赤ん坊の姿だけど、中身はもうちょっと年上でしょ?」


 ごまかせない空気だ。

 私は、こくんと頷いて見せる。


「黙っててあげる」

「えっ?」


 黙っててあげる、とリリィさんは言った。


「そのかわり、今回の掃除を手伝いなさい」

「そうじ……としょかんの?」

「ええ、正直手に余ってんの。とっとと図書館使えるようにしたいし」


 やっぱり魔導師だから、図書館で仕事とかするのだろうか。

 この世界の人の暮らしぶりは、まだまだわからない。


 どうしよう、とメアリーを探して視線をさまよわせる。

 おしゃべり好きで有名な司書のおじさんに捕まっているのが見えた。

 おわった……あれはしばらく帰ってこないだろうなぁ。


(思い出すなー。おじいちゃんが手入れしていた祠……あれ掃除していると、近所の暇な老人がたまに声をかけてきたっけ……)


「よし、決まり」


 リリィさんがパチンと指を鳴らして、私を指さした。

 迷いのない歩調でリリィさんは裏口から図書館の中へと入っていく。


(メアリーが心配するな……)


 ちら、と見ると、おじさんの世間話にずっと捕まっているようだ。

 なるべくはやく帰ってこなくちゃな。



「防塵面だ。これつけておけ」

「んぷっ」

「……子供用とかないのかよ」


 布と皮でできた防塵面は、3歳児にはぶかぶかだった。


「とりあえず、これで口と鼻を覆って。周囲を安全な魔力で満たしておく」


 ほらよ、とリリィさんが身につけていたスカーフをほどいて、貸してくれた。

 リリィさんに抱っこされて入った図書館の中は、いつもよりも広く見えた。

 普段は比較的長身のノアルさんや、背筋がしゃんと伸びたメアリーに抱っこされているからだろうか。


 普段の図書館と変わったところは見当たらない。

 魔塵がまき散らされたというから、あちこちが怪しい粉とかホコリにまみれているのかと思ったのだけれど。

 なんだか、拍子抜け……と思っていたら。


「……あ」


 背の高い書架の間を、何かが動いた。

 来館者だろうか。それとも、司書の人かリリィさんのような魔導師?


「やはりか……クソッ」


 リリィさんが小さく舌打ちをした。

 蠢いている何かは、よく見るとあちこちの書架にいる。


「でっかい、こうもり!」


 そう。人間の赤ちゃん、というか、3歳児の私よりでっかいコウモリだ。

 他にも、何かの獣の群れが書架の間を走り回っているし、うえを見上げてみると真っ白いクジラが身をよじらせていた。


「ひええぇ」


 ファンタジーな異世界だ。

 泥蛙竜トートフロッグがノアルさんに一刀両断をされるのをこの目で見たし、小型の竜や角の生えた兎のような生物はあちこちにいるけれど。


(室内だよ、ここ! 室内っ!)


 図書館の中が。

 へんないきもので、いっぱいだ!


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