第17話 図書館

「王族扱いに準ずるとはいえ、軟禁中。あなたが入れるのは一般書架までだぞ」

「あいっ」

「あと……もう一度確認するが、字が読めるんだな?」

「あいっ」


 付き添ってくれたノアルさんにこくんと頷く。

 赤ん坊のときから、両親の言葉が分かった。

 村には書物は多くなかったけれど、お母さまが移動貸本屋さんから借りてきた本をぺらぺらとめくってみたところ、問題なく読むことができた。

 お母さまがボーイズのラブに興味津々なことには驚いたし、異世界にもボーイズでラブな書物があるとは思わなかった。前世では趣味の読書をする時間もあまりなかったなぁ。


(……あれ、意外と面白かったな)


 ノアルさんは今日は隠密隊としての仕事がかなり立て込んでいるようで、私のお世話には私つきの侍女……メアリーさんが付き添ってくれることになった。


「おねがいしましゅ、メアリーしゃん」

「私のことはメアリーとお呼びください、サクラ様」


 ぴしゃ、と有無を言わせぬ圧で言われた。

 職業意識が高いのだろう。3才のちびっこ相手にも恭しい態度を崩さない。

 でも、私は知っているのだ。

 メアリーはたまに、うとうとお昼寝をしている私のほっぺをつついて微笑んでいる。にまぁっと笑う表情が、けっこう可愛いと思う。


「では、メアリー。一般閉館は日没までだが、夕食の時間には城に戻るように」

「かしこまりました、シュヴァルツ様」


 メアリーに抱っこされて、図書館へ。

 帝都の王城内にある白亜の図書館は、豪華な装飾がほどこさた本で満たされて麗しかった。とってもファンタジー。


 メアリーは無口だけれど仕事の早い侍女で、他に誰がいないときでも誰かの噂話や悪口を口にするのは聞いたことがない。

 他の侍女が仕事の合間に噂話に興じているのは仕方のないことだとは思う。実際、城勤めなんていう閉じた環境では、それくらいしか楽しいことはないだろうから。

 けれど、やっぱりその中でも黙々と自分の仕事に徹しているメアリーのことを、私は好きだった。


 異世界の人々の髪の毛や瞳はかなりカラフルな色をしているけれど、メアリーは元の世界にいてもわからないくらいに……こう、地味な見た目をしている。

 暗い色の髪の毛を三つ編みにしていて、頬にはそばかすが浮いている。

 おそらくは二十代くらいで、侍女たちの中では若くもなければ年かさでもないといった感じだ。


「サクラ様のお読みになりたい本を一緒に読むようにと、シュヴァルツ様から仰せつかっております」

「よーしくおねがいちましゅ」

「……どの棚をご覧になりますか?」


 メアリーが案内板の前に連れて行ってくれる。

 帝国、生活、魔法・魔術、物語、歴史、地学、魔物、動植物、教育……なるほど、ざっくりと書物が分類されているようだ。図書館があり、本が分類されている。書物については、この世界はかなりすすんでいるみたいだ。


「ここ、と……ここ!」


 私は教育、それから生活を指差した。

 メアリーは黙って頷く。

 一般書架とはいえ、それなりに広い。今日だけですべてを見て回ることはできないだろう。この世界には魔法もあるし、魔物もいる……ということについては、ゲーム実況でなんとなく知っている。

 今知りたいのは、この世界の一般的な生活だ。


「こちらです。何か読みたい本がありますか?」


 メアリーに聞かれて、私は首を横に振る。

 背表紙を眺めているだけでも、分かる情報はある。

 本を読む時間なんてなかったけれど、学校の休み時間に図書館に行って背表紙を眺めるのは好きだった。


 帝国内には身分制度があること。

 納税額によって市民の中でもランク付けがあること。

 義務教育はなさそうで、学校は優秀な庶民と貴族だけが通うらしいこと……これは、魔塵症の流行で機能していないみたいだ。

 都市部の裕福な家庭では新しい技術によって、井戸なしで水を得たり火をつけたりする技術が進んでいるらしい。これは気になる!


 とりあえず、背表紙を眺めてわかったのはこんなところ。

 節約レシピや、頑丈な家の作り方などの本は面白そうだけれど、いま熟読するべき本は、歴史とか帝国とかのカテゴリーかなぁ。


「ごほんは、かりられりゅ?」

「貸し出しは……限られた人しかできません。高額納税をしている市民とか」


 なるほど。ランクによって受けられるサービスが違うのか。


「一応、王族や貴族の方も貸し出しができるのでしょうが、そのようなかたはご自分で本を手配されます」

「きょうは……?」

「ノアル様が1冊まで貸し出し許可を手配してくださっているそうです」


 ありがとう、ノアルさん!

 とはいえ、借りられるのは1冊だけ。慎重に選びたい。

 メアリーの瞳がきょろきょろと書架の中をさまよっている。


(メアリーも本が好きなのかな……?)


 だっこされていると、相手の動きがよく見える。


「……ここ」


 私が指差したのは、物語だ。これは、単純な興味。

 お母さまが赤ちゃんだった私に、御伽噺をしてくれたことがある。

 だいたいが昔の勇者がわるい人やモンスターをやっつける話だった。

 桃太郎とかジャックと豆の木みたいなかんじ。


 御伽噺の他にはどんな物語があるのか、っていうのはかなり気になる。


「おぁっ!?」


 物語の棚の隅に、『僕らの美しいばら園』というタイトルがあった。

 見覚えがある。


(お、お母さまがドハマリしてたボーイズラブだ……)


 物語の棚はあまり大きくはなかった。

 生活や歴史コーナーの半分、のそのまた半分くらい。

 その中になぜか紛れ込むボーイズラブ……謎である。


(借りたいとは言い出せないよなぁあ……!)


 貸本屋さんというのは、1冊の本をいくつにも分割して貸し出してくれる。

 私が読めたのは最初の数十ページだけだし、よく見るとシリーズ物みたいで同じようなタイトルの本が数冊ある。


 かなり、気になる。

 けれど、今日のところは我慢だ、我慢。


「サクラ様。そろそろお帰りの時間です」

「あいっ」


 私が選んだのは物語の棚にあった、伝説や逸話を集めた読み物だった。

 目次にはこう書いてあった。

 『異界からの客人まれびと伝説』と。


 伝説……いわば御伽噺になっているとはいえ、私のようにこの世界に転生してきた人たちのことを知れるかも。

 メアリーに貸し出しをお願いする。

 まじめで地味な信頼できる侍女は、なぜだか少しほっとしたような顔をした。

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