第16話 潜入捜査
「潜入捜査だと?」
ちょっとガッカリしているのを隠せないノアルさんのオウム返しに、輝く騎士のアインツさんは大きく頷いた。
「そう。子どものいる世帯を狙って、拝塵教団があやしげな集会を開いているらしい……と、隠密隊からの報告があったがノアル殿は聞いていないのか?」
「あ、いや、えっと! その件は私が掴んだ。裏取りが完了したのだな」
「さすがだな」
「はは、いや……それほどでも」
カルト集団が子連れを狙うのは、異世界でもテッパンらしい。
職場の取引先から誘われてどうしても断れずに連れて行かれたアヤシイ集会、老人と子ども連れでいっぱいだったもんなぁ。
せちがらいものだ、と3歳児の私は思うのだった。
「そ、それで……家族になろうというのは?」
ノアルさんが質問する。
話の流れ的には、もうだいたいオチは読めている気がするけれど。
「ああ、潜入捜査を計画しているのだ」
「潜入捜査」
「ああ、集会で何が行われているのかは判明していないらしい。完全紹介制で、外部からの接触が難しいそうだ」
「ほ、ほう。たしかに、隠密隊といえども赤子を用立てるのは難しいな」
「それもまだ言葉が覚束ない赤子がいる必要があるからな」
「うーむ、孤児をそのへんで拾ってくるにしても、任務の邪魔になるといけないからな……見た目は赤子でも、分別がついているとなると……」
「魔術による変装だが……もちろん、見破られれば危険がともなう」
ノアルさんが、じっと私を見ている気がする。
あれ、これってもしかして。
「そこでだが……先日の……アマンダ殿下が養育していた……陛下の”孫娘”殿……」
「サクラ殿か?」
名前を呼ばれて、ひぃっと声が出かける。
「ああ。サクラ殿はかなり落ち着いているし、分別があるだろう。この数日で一気に環境が変わったにも関わらず、あまり動じている様子もないし」
「そ、そうだな」
「魔力測定では平凡な数値だったが……特別な子であることは間違いないのだろう」
そこで、とアインツさんがノアルさんを見つめる。
ノアルさんが半歩下がった。
輝く顔面の圧にやられたのだろう。明るいところで見ると、本当にイケメン。
「それで……それで不本意であろうが、俺と貴殿で夫婦を偽装して集会に潜り込もうと……サクラ殿の親として!」
「ふ、ふ、夫婦!」
ぷしゅう、とノアルさんが湯気を噴く。
なんだかいたたまれなくなって、私は首にかかっている
これで多分、ノアルさんは冷静沈着で表情の読めない謎の美女……の面目を保てるようになるはずだ。
「おや……サクラ殿? いらしたのですか。気がつかなかった」
「あいんつしゃんっ」
ノアルさんに抱っこされたまま、アインツさんを見上げる。目が合う。
3歳児の上目遣いにアインツさんが、にやけるのを抑えるように口元をモニモニと動かした。
「さっきの話、聞いておられましたか?」
さっきの話というのは偽装工作だろう。
こくん、と頷く。
「やはり、普通の子どもとは違うようですね。異世界から呼ばれた者には、成熟した魂が宿るといわれていますから」
「……陛下を説得できるのか? サクラ殿を溺愛している。任務に同行させる許可が出るのか?」
「ああ、その件については安心してくれ。サクラ殿」
アインツさんがにっこりと微笑んだ。
「皇帝陛下とアマンダ王女殿下は、明日から地方視察に行くそうです」
「地方視察?」
「ええ、新兵の訓練視察……という名目の、アマンダ殿とダン殿のための息抜きです」
「父親同伴で?」
「まあ、そういうことになるか」
「信じられんな……」
ノアルさんが肩をすくめる。
「サクラ殿は、この城に残ることになっているから──」
「その日が狙い目ということだな」
ノアルさんとアインツさんがお互いに頷く。
「サクラ殿、あなたのことは私が帝国騎士団の一員として責任をもって守ります」
にっこりと微笑むアインツさんの歯が煌めく。
ま、まぶしい。
ノアルさんが
(……この2人、どういう関係なんだろう)
ただの同僚にしては、なんとなく気安い感じがする。
「潜入捜査は7日後に行われる予定だ」
「了解した」
「……シュヴァルツ殿、貴殿の浄化の魔力が頼りです」
「あっ」
それ、たぶん私なのですけれど。
……まあ、今回は一緒にいけるからいいとして。
(一応、色々と勉強しておいたほうがいいかもしれないな)
前世で観ていたゲーム実況での知識はあるけれど、それだけでは足りない。
基本的なこと以外にもこの世界のことを知らないと。
(そのためには……)
窓から見えるのは、この帝都にしかない建物だ。
(図書館……!)
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