第15話 乙女心

「おかーさま、しんぱいしゅるから……」

「だからといって、サクラ殿を内緒で連れ出すのは仁義にもとる」

「うっ」


 大正論である。

 お城の中庭にある花壇に腰掛けてお話をしているのだけれど、


 ノアルさんは魔塵症を広めようとしている拝塵教団の活動状況を知るために、帝都シャガールの街中を見て回るそうだ。


「どうしても、だめ?」

「軽々しく外出するのは駄目だろう……あなた、一応は軟禁扱いなので」

「はちゅみみですが!?」


 初耳です。

 軟禁扱いだったのか……いや、たしかにお母さまと引き離されているのは、なんだか変だなとは思っていたけれど。お城の暮らしっていうのはこんなものなのかと思い込んでいた。


「得体の知れない異世界から来た赤ん坊だから、サクラ殿は」

「うう」


 聖女だとバレれば過労死ルート、隠せばどこかの馬の骨。

 困ったモノだ。


「正直、いつまでも隠せるものではない」

「でちゅよね……」

「だが……たとえば、サクラ殿が聖女であると認定される前に帝国の危機、つまり魔塵症が落ち着いていればいいのだけれど」


 たしかにそうだ。

 平和な世の中だったら、聖女が引っ張りだこなんてことはないだろう。


「うーん……6しゃいごろまでに……」


 たしか、6歳頃にまた魔力測定をするらしい。いわゆる再検査だ。

 それまでに色々と解決していれば、のんびり暮らせるかも。


「まず当面の課題は、帝都に蔓延る魔塵症と拝塵教団だな」

「じゃ、じゃあ」

「今回は駄目だ」

「うう……」


 平穏な暮らしのために、今のうちからできることがあるかもしれない。それって多分、この世界の人を助けることにもなろうだろうし。


(焦りすぎても仕方ないか……)


 まずは帝都の街中をぜひ見てみたいのだけれど、皇帝陛下やお母さまに内緒にして出かけるのはマズい気がする。特に、お母さまだ。昼間はそれぞれで過ごしているけれど、お母さまの希望で食事はなるべく一緒にとることになっている。

 少なくとも、昼食から夕食までの間にお城に帰らないとバレてしまうわけだ。私のわがままでノアルさんのお仕事を邪魔するわけにはいかない。


「アマンダ様は、サクラ殿がちゃんと生活に馴染めているかどうか心配しておいでですからね」

「はい……」


 それはわかっているし、お母さまは忙しい中でも私に会おうとしてくれている。

 今は帝国を離れていたときに起きたことや、王族として知っておくべきことをみっちりと家庭教師に叩き込まれているらしい。なんというか、お姫様も楽じゃないんだな……と思った。

 

「とりあえず、視察は私に任せてください。潜入と情報収集は帝都隠密隊の本分ですからね」

「あい……」


 せっかくの異世界の街なみなのに。

 生まれてすぐは月が二つ浮かんでいるとか、植物が光っているとか、そういう景色に感動していたけれど、私が住んでいた北の村はとても平凡な小集落だった。煌びやかな衣装とか、獣人とか、そういう目を引くモノは見当たらなかった。


 がっかりだなぁ、とほっぺたを膨らませていると。

 向こうから光り輝くイケメンがやってきた。


「ノアル殿、少しいいか」

「……アインツ殿っ!?」

「む、取り込み中だったか」

「い、いや。急に話しかけられて面食らっただけだ」


 もごもごと何か言っているノアルさんである。

 やっぱり、アインツさんのこと気になっているんだろうなぁ……この感じ、なんでだろうか、なんか……見ている方が恥ずかしくなってきてしまう。


(ちょっと興奮するっていうか、ワクワクするっていうか……他人の恋愛模様にきゃっきゃっしてたクラスメイト、こんな気持ちだったんだ……)


 部活も課外活動もできず、ただただ家事と介護に追われていた貧乏中学生にとっては遠い世界の出来事のようだった恋バナ的なやつ。クラスメイトが噂話に興じていたのを覚えている。

 うわあ。あれって、こういう気分だったんだ。

 誰かと話したい。


「拝塵教団の動向について、少し情報共有をしたくてな」

「そうか、うむ」


 というか、アインツさんちょっと鈍感すぎないだろうか。こんなにわかりやすくドギマギしているノアルさんに対して、何か思うところはないわけ?


「……ノアル殿、具合でも悪いのか?」

「え? いや、別に」

「そうか。すまない、冬の湖面のように冷静沈着で、喜怒哀楽を決して表に出さぬ隠密隊の俊英と名高いあなたに対して礼を失していた」


 冬の湖面のように冷静沈着で。

 喜怒哀楽を決して表に出さぬ。

 それ、誰のことかしら。隠密隊の俊英というのは、たしかにそうだ。初めてノアルさんと会った夜、大きな泥蛙竜トード・ドラゴンを一刀両断に……。


(あっ)


 今は私が持っている隠匿水晶ハーミット・ストーン

 魔力や気配を消せるからと言っていたけれど、もしかして……。


(ノアルさん、この石でモジモジしてるのを悟られないようにしてたんだ!)


 けっこうな貴重品と言っていた気がするけれど、なんというマジックアイテムの無駄遣いかしら。いや、本人にとっては大問題なのかもしれない。


「いや、その……失礼とかじゃない……」


 ほら、しどろもどろだし。

 ちょっと怪訝そうなアインツさんは、「ああ、そうだ」と咳払いをする。


「ノアル殿に相談があるのだが」

「うん?」

「俺と夫婦になってほしい」

「ぴぇっ!?」


 ノアルさんが聞いたことのない声を出して、石化してしまった。

 夫婦って……何事!?

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