第18話 過労死以上は絶対嫌
「うぅ……」
ぱたん、と読んでいた本を閉じる。
『……転生してきた聖女は命と引き換えに悪を討ちました。』
『……異界からやってきた勇者は今もどこかで戦い続けているのです。』
『……その旅に生涯を捧げたそうな。』
伝承に残っている、異世界からやってきた英傑たち。
すべてに共通しているのは「この世界がピンチのときにやってきた」こと。
そして、大部分に共通しているのは「命と引き換えに世界を救った」やら「今もなお世界のために戦い続けているのです」やらの大自己犠牲エンドだ。
(い。いやだ……!)
身震いした。特に後者。最悪だ。
過労死どころではなく、死してなお過労!
ありえない。巨悪すぎる。
(というか、根本的な解決になってない……のよね)
魔王を滅ぼした聖女。
どこからともなく湧いてくる魔物と今もモグラ叩きをしているらしい勇者。
枯渇した自然魔力を補うために、自分の魔力を配って旅した女賢者。
どれも、目の前の問題に対処するのに精一杯だった感じがする。
この世界の生活が便利になっている様子がないというか。
私と同じような境遇でこの世界にやってきたのなら、例えばハンバーガーが食べたいとか、水道やコンロがあったら便利そうとか、そう思うのが普通だと思う。
(そこまで手が回らなかった……?)
嫌だ。
私は絶対に、のんびり暮らしてやりたいのだ。
……というか。
(疲れてたり、いっぱいいっぱいだったりすると……ろくなこと考えないもん……)
年齢不詳のノアルさんはともかく、魔導師のリリィさんなんかはどう見ても小学校高学年とか中学生くらいに見えた。メアリーだって、たぶんよくて17才くらい。
若いうちから帝国の公務員(といっていいかはわからないけれど)として働くのが当たり前なのだ。……かつての、私のように。
(もし私が聖女なら……聖女様として働いて死ぬのはまっぴらだよ)
誰もがのんびり暮らせるように、どうにかならないものか。
(……まあ、まずは目の前の問題かぁ)
魔塵症という病気。
その原因である魔塵をあがめる拝塵教団のセミナーに潜入するのだ。
決行は皇帝陛下やお母さまが地方視察に出かける、3日後。
(それまでは、図書館で色々と本を読んでみよう……)
ゆっくり本を読んで過ごす。なんて贅沢なんだろう。読書って、とっても時間と身体を贅沢に使うのだ。目と集中力をフル稼働する。いつも何かに追い立てられている生活では、スマホでゲーム配信を聞き流すのが精一杯だった。
(嫌いだったなぁ、夏休みの読書感想文……)
本を読んで、その感想を書く。とにかく時間がかかるのだ。
家事と介護、それから宿題。とにかく時間がないと思っていた。
3歳児が読むには難しそうな本なのだろうが、すらすら読めるのだから不思議だ。
部屋に出入りする侍女のうちの何人かは、私がしているのを「読書ごっこ」だと思ってクスクスと笑っているが、メアリーは何も言ってこなかった。そういうところが好きだ。
ノアルさんも同じように言葉が少ない人だけれど、ノアルさんが「空気」だとしたらメアリーは「目」だ。私が本を読んでいる様子を、興味深そうにじっと観察しているのだ。その視線が嫌じゃないのが、不思議だ。
(ノアルさんだったら、見られていることすら相手に気づかせないっていうか……)
帝都隠密隊の俊英というのは伊達じゃない。
◆
「……本はお好きですか?」
「え?」
図書館に向かう道で、メアリーが尋ねてきた。
びっくりした。メアリーからコミュニケーションをとってくることはほとんどないから。
「ご無礼をお許しください、サクラ様があまりに楽しそうに本を読まれるので」
あまり本を読んだ経験がないのと、異世界の文字がなぜか読めることが面白くてこの数日は本に没頭していたかも。
「うん」
本が好き。
思ったこともなかったけれど、嫌いじゃないかも。
「そうですか」
「めありーは?」
これは偏見だけれど、地味な見た目の侍女であるメアリーは絶対に本好きだと思う。きっと私が知らないようなこの世界の名著をたくさん知っていて、それを教えてくれようとしているのかも。
いわゆる、(※拝塵教団がやってるセミナーとは別の)布教というやつだ。
「私は……」
メアリーが口ごもったところで、図書館が見えてくる。
「あえ?」
昨日とは様子が違うようだ。
動きやすそうな司書の制服とは別の、仰々しいローブを着た人たちが何人も入り口を警備している。
そのなかに、やたらと小さい人影がいた。
「あ、おまえ」
紅色の髪を二つ結いにした、不機嫌そうな女の子。
皇帝陛下が連れていた、すご腕だという魔導師のリリィさんだ。
「……帝都大聖域のがきんちょじゃん」
「あ、あい」
がきんちょって!
リリィさんも、がきんちょの部類だとは思うけど!
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