ちびっこ聖女は読書したい
第13話 一緒がいい。
「今日は離任の挨拶に参りました」
「えっ」
いつもの黒ずくめ姿で、ノアル・シュヴァルツさんが私のところへやってきた。
日のよく当たる、王城の離れにある一室だ。
びっくりした。ノアルさんは、私が王城離れ暮らしになってからも何かと側にいてくれたのだ。当たり前に、これからも一緒にいられると思っていた。
それが、「離任」って?
一体、どういうことだろう。
「今日限りで、サクラ殿の側付についてお暇をいただきます」
「どちて……?」
「部屋付きの侍女への引き継ぎ期間が終わりましたので。王城内であれば、近衛兵もいることですし、護衛も見張りも必要ないでしょう」
たしかに、ノアルさんがいなくなっても生活に支障はない。
王城暮らしになったお母さまと、いったんは宮廷へ出仕する身分となったお父さまは一緒に暮らすことはできないらしい。
私はというと「皇帝家の血を引く遠い親戚の子」ということで、まだ3歳児とはいえ1人部屋を与えられている。家族3人で川の字で寝られる日は遠いみたいだけれど、お母さまは日に日に美しくなられているし、少しでもヒマがあればお父さまは私たちに会いに来てくれる。
けれど、それとこれとは別だ。
「やだ!」
「や、やだ……?」
思わず口を突いてしまった、やだ。
だって、やだなんだもん。
前世でも今までも言えなかった我が儘だ。
「やだと言われても……私にも仕事がありますし」
「ちごととあたち、どっちが大切なの?」
面倒くさい激おも女のようなセリフを放つ3歳児に、ノアルさんは少しだけ困ったような顔をする。
「新しい任務があるんです」
「でもっ」
ノアルさんは、私の正体を知ってくれている唯一の人。
とても親切にしてくれて、私を子どもらしく生活させようとしてくれた。
まだまだ彼女について知らないことだらけで、ノアルさんのことをこれからもっと知っていきたいと思っていたところだったのに。
それに、ノアルさん自身がかなりの激務をこなしているらしいのが気になっている。なんの事情があるのかは知らないけれど……正直、私のお世話はかなり楽な仕事なはず。聞き分けのいい子だしね。
ノアルさんに、少しは骨休めをしてほしいという気持ちもあるのだ。
「にんむ……」
「大規模な任務に参加する形ですので、詳細は伏せます」
隠密隊というのは、ようするに小間使いみたいなものらしい。
皇帝陛下からの勅命で動く、直属部隊。特に市井に紛れ込んだり、御者に化けたりして、王命であることを漏らさぬように動くことに特化している。
ようするに、おいそれと任務の内容を口外できないってことだ。
「……うっ、うぅ」
うるうる、と私は涙目でノアルさんを見上げた。
ノアルさんがたじろぐ。あと一押しだ。
「だめ……?」
「だ、だめですよ。幼児を連れていくような任務ではありません」
だめだった。
ぷいっとそっぽを向くノアルさん。
忍者のような出で立ちだけれど、最近はノアルさんの表情とか感情がよくわかるようになってきた。もともとは情に厚い人なんだろうな。
「それでは」
一礼してきびすを返すノアルさん。
そのとき、私の部屋の扉がコンコンと軽やかにノックされた。
「失礼いたします、サクラ殿」
心地のよいバリトンの声。
アインツ・フォン・エーベルバッハさん。
金髪碧眼の絵に描いたような品のいい騎士のおにいさん。いつも思い詰めたような硬い表情をしている、生真面目そうな人。
「あいんつしゃん」
「陛下。公務の時間もございますので、面会時間は手短に」
アインツさんの後ろから、皇帝陛下がやってきた。
すでにおじいちゃんの顔をしている。でれでれだ。
「サクラや~、おじいちゃまじゃぞ!」
「あ、あいー」
「少し重くなったかの? ほほほ、子が育つのは早いのう」
皇帝陛下にだっこされながら、ちらっとノアルさんを見る。
やってきた陛下に対して、最敬礼している最中だった。
そして、同じく部屋の片隅に控えているアインツさんにちらっと視線を送った。
「……エーベルバッハ中隊長殿、どうも」
「シュヴァルツ殿」
「今日は陛下の護衛ですか」
「ええ。万が一の襲撃があったもいけません……あなたがサクラ殿付きの間は安心できましたけれど」
「そ、それほどでも」
じーっと2人の様子を見る。
やっぱり、そうだよね。
私は疑惑を確信に変える。何度か、アインツさんとノアルさんが話している様子を見たことがある。
そこで気づいたことがある。
存外に表情が分かりやすいノアルさんは、たぶん……。
「シュバルツ殿は、例の癒やしの魔力を見込まれて、新しい任務につくそうですね」
「ええ、まあ」
「……まさか、あなたと同じ任務につくとは」
「えっ!」
ノアルさんが、明らかに声を弾ませた。
むにむにと、皇帝陛下にほっぺたをつつかれながら、やっぱりなーと私は思う。
「のあるしゃん……あいんちゅしゃんのこと……」
好きなんだよね、たぶん。
あんなにかっこよくて強くてクールなのに、反応がいちいち乙女なのだ。
ちょっとずるい。
あの様子を見るに、それぞれの仕事をしていると普段はほとんど会うこともできないのだろう。
それに、ノアルさんは……とても奥手だ。
となれば、奥の手である。
「……おじーちゃま?」
「ふぉっ!?」
必殺、おじーちゃま。
皇帝陛下、ごめんね。ふにふにほっぺの孫(仮)に「おじーちゃま」なんて呼ばれて、正気を保てるおじいちゃまはいないだろう。
「サクラ、のあるしゃんと……いっしょがいい……」
皇帝陛下への直談判。
状況が状況ならば、即刻お縄ちょうだいになってもおかしくない。
「サクラ……そうかそうか、シュヴァルツをそんなに気に入っていたのか……」
「あと……あいんちゅおにーちゃんも、いっしょがいい!」
私のひとことに、壁際でこそこそと言葉を交わしていたノアルさんとアインツさんが「なっ!」と声をそろえた。
さて。
ノアルさんとアインツさんという、帝国の腕利きを揃えての任務。
それって、一体なんだのだろう?
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