第11話 ファッションショー

 この数日間はノアルさんに面倒を見てもらいながら、色々と検査をうける日々だった。

 各種検査の際にはノアルさんから隠遁水晶ハーミット・ストーンを貸してもらったので、何度やっても「白魔法適正のある、一般的な女の子」という結果しかでなかった。腕のある魔術師だというリリィさんも含めて、色々な人が検査を見にきては首を捻っていた。

 隠遁水晶ハーミット・ストーンは気配や魔力などを自分の意思で隠すことができるアイテムで、それなりに貴重なものだという。


「サクラ殿、見事に猫を被り通したな」

「ねこっ!」


 失礼な、と頬を膨らませて見せる。

 別に猫を被っているわけじゃない。私の中身が大人だと知ってから、ノアルさんはちょっとだけ軽口を叩いてくれるようになった。


 私の正体──私が、聖女であるということは、私たち2人だけの秘密にしてくれると約束してくれた。



 そして、今朝。

 正式に、私は「なんでもない子」として両親との面会が許可された。


「サクラ……!」

「うぅ、サクラちゃん!」


 滝のような涙を流して、お父さまとお母さまが私に向かって猛ダッシュしてくる。

 お母さまは紋章つきの仕立てのいいドレスを着て、お父さまもパリッと乗りのきいた小綺麗な装い。

 その素敵な服にしわが寄るのもかまわないというかんじで、ノアルさんに私を抱き上げた。

 ぎゅうっと抱きしめられて、苦しいくらいだ。

 いや、ちょ、ほんとに。くるしいっ!


「おとーさま、おかーさま……っ、げほっ!」


 お母さまの腕をぺちぺち叩いて、ギブアップの意思表示。

 しぬ、しぬ!


「あっ、ごめんね。サクラ」

「つい、嬉しくてな……夜道で周囲を夜盗に囲まれたときにはもうダメかと思ったから……」

「ほんとね。でも、ちょっとスリルがあって楽しかったわ」


 私が思っていたよりちょっと間の抜けたお父さまと、想定よりずっとホンワカお嬢様だったお母さまである。

 それにしても、お母さま……ファンタジー漫画のお姫様みたいだ。

 もちろん、お姫様というには実年齢は成人女性がすぎるけれど。


「まあ、サクラちゃん。その服……懐かしいわ、私が小さかった頃の!」

「あいっ!」

「かわいいぞ、サクラ。お姫様みたいだ」


 お父さまが、ニッコリと微笑む。

 その後ろで、今にもこちらにダッシュしてきたそうにしている人影が。


「へ、陛下! ここは他の家臣の目が! 抑えてください」

「わ、わかっておるが……アマンダが、サクラちゃんと戯れておる……!」


 皇帝陛下だった。

 なんだか、熱烈な視線を感じる。もう完全におじいちゃん気取りだ。


「くっ、わしだって……まざりたい……」


 私たち家族の再会を遠くから見守る皇帝陛下なのであった。

 珍しい人だ。

 血の繋がっていない私を、本当の孫みたいに可愛がろうとしてくれるなんて。


「アマンダの育てた子が、あんなに可愛いのはずるいじゃろう……!」


 ぐぬ、と歯噛みしている。

 そうかのか、そんなに可愛いのか。

 きっと、「愛娘の育てた子」というひいき目が大きいのだろう。


(ほんとに、お母さまのことが大切だったんだろうな)



 ノアルさんに聞いた話では、皇帝陛下はアマンダ姫が失踪してから一気に10歳くらい老け込んだと噂されていたらしい。

 事情を知らない家臣たちや帝都の住民たちの中には、「皇帝陛下も重い魔塵症まじんしょうにかかっている、長くない」とか「せまりくる厄災の予兆に胃を痛めている」「帝国はもうおしまい」なんて言っている人たちもいたとかで、火消しに苦労したとか。

 変な噂ほど出回りやすいものね。


「あのね、サクラちゃん。お父さまとお母さまはね、何年かしたら正式に結婚できることになったの」

「ああ。ハンターとして帝国に雇用してもらって、その後、段階を踏んでね」


 帝国のお姫様にふさわしい経歴を用意してくれる、ということだろう。

 お父さまは真面目な方だから、きっと大丈夫なはず。

 少し遅い結婚式をあげるのだろうか。羨ましいくらいの美男美女だから、きっと絵になるだろうな……。


「そうなったら、あらためてサクラを私たちの子として迎えることになっている」

「えっ」

「あなた、サクラちゃんを驚かせないで。もちろん、今も昔もサクラちゃんは大切な私たちの娘よ。正式に養子にする手続きに時間がかかってしまうの。ごめんなさい」

「あ、あわ」

「そう。手続きだけの話なんだ。すでに、明日から今までのように3人で生活することも許可していただいている」


 私が驚いているのは、そっちではない。

 もしも、正式に2人の養子になったとしたら……私は帝国の、お姫様ということになってしまうのでは。


(ひええぇ……恐れ多い……!)


 いや、まあ、大聖女として過労死するよりはマシだ。

 けれど、お姫様業というのも絶対に気苦労が絶えないと思う……。


「サクラちゃん、渡した服で気に入ったものはあった? よかったら、お父さまとお母さまに着せてみせてちょうだい」


 にっこり、と微笑むお母さま。

 すかさず、ノアルさんが一礼をした。


「失礼しました、ただいまお持ちいたします」

「あっ……のあるさん」


 業務的で、他人行儀な声。

 とても寂しくなってしまって、お母さまに抱っこされたまま振り返る。

 さすがは隠密隊というか。ノアルさんの姿は、すでになかった。


「な、なんて可愛いのかしら……っ!」


 その後の、ファッションショータイムには正直疲れてしまった。

 たくさんの服を着てはくるくると回って見せる。


「サクラの髪の色には、やっぱり瞳と同じ若葉色やライトグリーンが似合うわね」


 たっぷり時間をかけて、似合う服を見繕ってもらった。

 くるくると回ると、スカートがお花のように広がる。どれだけたっぷりの布を使っているのだろう。


「さあ、陛下に挨拶に行きましょう」

「えっ」

「どうしたの? この間はああいう状況だったから厳しい態度でいらしたけど、陛下……お父さまは怖い方ではないのよ」

「いや、えと」


 挨拶に行くといったって。


(……さっきから、羨ましそうに覗いてるの……陛下だよね……)


 ちら、と扉を見る。

 隙間からじっとこちらを見つめてるの、たぶん皇帝陛下である。

 孫娘(仮)のファッションショーに混ざりたかったのだろうか。

 なんだか俗っぽい人だなぁ。

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