第5話 呪い返し

「これでは……失敗作ではないか」


 広間の誰かが呟いたのを聞いた。

 私は、小さくガッツポーズをする。


(やった……これで、過労死聖女ルートは回避できるはず……!)


 元のゲーム『FGG』に出てくるサクラには、明確なキャラクター設定がない。

 なんとか大聖女にさえならなければ、この世界でのんびり暮らせるはずだ。

 当たり前の子供時代をおくり、青春して、大人になって……自分の人生を送るんだ。生まれなおした、今度こそ。


 自分も、自分の周囲の人も、幸せになってほしい。


 偉そうな人たちが、困惑した顔で会議をしている。

 たぶん、私をどうしようって話だと思う。

 そして、お母さまとお父さまのことも。


「魔力の量はともかく、発現した色は白色……非常に希少な白魔法であることは間違いがない。赤子の姿で召喚されたという伝承もない以上、正式な魔力測定は6歳ごろが妥当ではないかと」


 結論が出たのは、たっぷり30分は経った頃だった。


「アマンダとダンの失踪について、帝国側は正式には発表していない。表向き、アマンダは長期の病気療養をしていることになっている……アマンダ、お前はここに留まれ。その男とどうしても一緒になりたいというのならば、それでもよい」

「なっ! ありえませんわ!」


 金切り声をあげたのは、お母さまの妹姫だというアデルさんだった。

 さっきまで、憎々しさをふつふつと弱火で煮込み続けているような表情をしていたのが、今この瞬間にいきなり沸騰したみたいだ。

 となりでヒステリーを起こしている妻に対して「やれやれ、いつものか」みたいな反応をしている婿養子さんは、相変わらず無気力そうな顔をしている。


「皇帝陛下は、アマンダ姉さまに甘すぎます! この女が皇帝陛下の愛した方の娘だからですか……私が……私の母上が、本当は正妃でしたのに!」


 いい年(といっても、たぶん二十代前半に見える)だろうに、地団駄を踏んで涙目になっている。ちょっと引いてしまう。


「やっと……やっと出て行ったと思ったら!」

(あれ……? なに、あの鎖……?)


 アデルさんとお母さまを、黒い鎖が繋いでいる。

 シュヴァルツさんが喰らった泥蛙竜トード・ドラゴンの毒のモヤみたいな、嫌なかんじだ。

 じっ……とお母さまに絡みつく黒い鎖を見つめていると、シュヴァルツさんがつつつっとお母さまのほうに移動してくれた。


「どこの馬の骨ともわからない男と一緒に、よくわからない赤ん坊を助けようなんていう浅はかな女に、私の居場所を奪われたくない!」


 小さな手を伸ばして、たしっ、と黒い鎖を掴む。

 ──バリン、キィンッ!

 という音とともに、鎖がくだけ散った。


(すごい音……黒板を爪でひっかいたみたい……)


 かなり大きな音なのに、周囲の人たちは何も聞こえていないみたいだ。

 バリ、バリバリバリッ!

 鎖がどんどん砕け散っていって、アデルさんのほうに迫っていく。


「そのために、その女を……ヒッ!?」


 アデルさんの顔が、ぐしゃりと歪んだ。


「ぎゃあああ……痛い、お腹が痛いいぃ」


 下腹をおさえて、アデルさんがうずくまる。

 さすがに、隣で突っ立っていたミハイルさんもぎょっとした顔をした。


「どうしたのだ!?」

「アデル殿下が倒れたぞ、医師か魔術師を呼べ……!」

「お、お待ちください……この症状は……呪い返し?」


 呪い返し。

 聞き覚えがあるような、ないような。


「隠密隊にも呪術使いがおりますが、間違いないかと」


 シュヴァルツさんが落ち着き払った様子で言う。

 のたうち回るアデルさんが、怯えた表情でシュヴァルツさんを見つめた。


「人を呪えば穴二つ。そのしゅが破られれば、呪は倍の威力となって呪術者に跳ね返ってくる」


 広間にいる人間がざわめいた。

 アデルさんが、お母さまを呪っていたということか?


「隠密隊が調べていたのは、消えた赤子のことだけではありません。なぜ、姉姫であるアデリア殿下が帝都大聖域に召喚された赤子を連れ去るに至ったのか……裏で彼女をそそのかしたのは、あなたですね。アデル殿下」

「な、な……」

「さらに言えば──アデリア殿下に呪いをかけて子を産めない体にしたのも、あなたであると。それはアデリア殿下が去ったのちに、あなたが皇帝陛下の長子として婿を取るためであったと。すでに、調べはついています」


 悲鳴のようなどよめきがあがる。


(えええ……なに、そのドロドロしてる人間ドラマ……)


 怖すぎる。

 やっぱり、どんなに煌びやかで立派なお城にも愛憎劇というのはあるみたいだ。


「……アデル。それは本当か」

「ち、ちが……お父さま……」

「証拠はこちらに」


 シュヴァルツさんが、皇帝陛下の側近に書面を渡す。

 なにやら、報告書みたいだ。


 側近から報告書を受け取った皇帝陛下が、素早くその内容に目を通す。

 さっと顔色が変わったかと思うと、指先ひとつで側近に指示を飛ばす。


「ぐぅうぅ……やめ……わたくしを、誰だとぉぉ!」


 ジタバタと暴れるアデルさんが、あっという間に広間から連れ出された。

 どこに連れて行かれてしまうのだろう……というのは、怖いので考えないでおく。

 ぽかんとしているお母さまとお父さまのもとに、シュヴァルツさんが歩み寄る。


 お母さまのもとに、私をそっと返してくれた。


「サクラ……あなたが、助けてくれたの?」

「ええっと」


 広間の注目が、私に集まっていた。

 せっかく魔力を隠したのに!

 いや、お母さまを助けられたのはよかったけれども。

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