第4話 お母さまがお姫様だった件について

 北部にある村から、帝都までは約3日の旅だ。

 私たちを乗せた馬車は、帝都にやってきた。


 揃いのローブを着た魔術師らしき人たちや、磨き込まれた防具をつけた兵士たちがひしめいている大広間に通された。


(わあ……この世界にも、こんな立派な建物があるのね)


 プレイ動画で見ていたグラフィックでは知っているけれど、実際に見ると驚きだ。私が住んでいた村にあるの建物は、よくて二階建てだった。石造りの建物なんて、生まれなおして初めて目にする。ファンタジーっぽい。


 シュヴァルツさんが、その場で1番偉いのであろう、ローブの老人に告げる。


「帝都隠密隊・シュヴァルツ。帝都大聖域から連れ去られた赤子、および実行者を発見しました」


 相変わらず男なのか女なのか、若者なのか老人なのかわからない声だ。

 シュヴァルツさんの言葉に、どよめきが広がる。


 シュヴァルツさんに抱きかかえられたまま、きょろきょろと周囲を見回す。

 お父さまとお母さまは、まるで罪人のように周囲を兵士に囲まれている。今のところ、私がお願いしたように痛いことも酷いこともされていないみたいだけれど、かなり雲行きは怪しい……。


 分厚いビロードのカーテンが垂れ下がっている奥に、玉座があるのが見えた。

 突然、華やかなファンファーレが鳴り響く。


「平伏を。皇帝陛下でございます」


 赤いローブを着たおじさんが大声で告げると、広間に集まっている人々が一斉に頭を下げた。ひざまづいているシュヴァルツさんに抱きかかえられながら、ちらりと玉座を盗み見る。

 皇帝が、やってきた。

 立派なマントをまとって、重そうな王冠。

 それを堂々と着こなしている、立派な壮年の男の人。

 わあ、絵に描いたような『王様』だ。


 その後ろから、跡継ぎっぽい夫婦がついてきている。


「皇帝陛下、およびアデル殿下とその婿殿ミハイル殿下でございます」


 不機嫌そうな女の人と、なんだか無気力そうな男の人がつづいて現れた。アデル殿下と呼ばれた若い女性は……あれ、なんだかすごくこっちを睨んでる?

 こんな場所に連れてこられたのだから、普通ではないことをしてしまったのだとは思う。それにしたって、あんなに憎しみのこもった視線を向けられるなんて。意味が分からない。


 私が戸惑っていると、皇帝陛下がゆっくりと口を開いた。


「……アマンダ、これは一体どういうことだ」


 アマンダ。

 お母さまの名前だ。どうして、お母さまを名指しに?


「ふぇ?」


 全員の視線が、お母さまに注がれている。

 というか。そもそも、お母さまは皇帝陛下と知り合いなのかしら?


「申し訳ございません、お父さま」

「おとっ!?」


 アマンダ……お母さまが、皇帝陛下をお父さまと呼んだ。

 つまり、お母さまは帝国のお姫様。アデルさんは、お母さまの妹に当たるわけだ。それにしては、アデルさんはものすごく憎々しげにこっちを睨んでいるけれど。


「お前が、どこぞのハンターに熱をあげるのは勝手にすればいい。すでに妹姫のアデルが優秀な婿を迎え入れている……だが、なぜその赤子を盗んだのだ。帝都大聖域にて発見された赤子である、本来は身柄を拘束し、帝国に背かぬように教育するのが最善!」


 赤子というのは私のことだろう。

 つまり、なんだ。

 私は、帝国のお姫様だったお母さまが身分違いのハンターであるお父さまと駆け落ちする連れて行かれたということなのか……?


「……サクラは物ではありません」


 不満そうに呟くお母さま。

 お父さまとお母さまは、この3年間、私のことをとても大切に可愛がってくれた。

 さっきの皇帝陛下の言い草を聞く限り、『帝都大聖域』に召喚されたという私が帝国に拾われていた場合、わりとろくなことにならなかったんじゃないかと思う。少なくとも、今までの生活のように、真冬のこたつみたいなぬくい気持ちで日々を過ごすことはできなかっただろう。

 不思議と、ショックはない。


「お父さま。医師団長からの宣告を覚えていますでしょう。私は……赤ちゃんを産めない体だと」

「それは……」

「あの日から、私の居場所はありませんでした。予定していた縁談はすべてアデルのものになり、お父さまも……私に関心がなくなったように見えました」


 皇帝陛下が押し黙る。

 もしかしたら、図星なのかもしれない。

 

「……申し訳ありません、私……この子を、サクラを他人とは思えなかったのです。それに、ダンとの間に赤ちゃんがいたら、どんなに素敵だろうって……そう思っていて」


 うつむくお母さま。

 隣にいるお父さまが、お母さまの方を支えている。

 皇帝陛下は最初の勢いはどこへやら。もごもごと口ごもっている。

 本人にも思うところがあるし、娘には甘いタイプなのかもしれない。


「私財を持ち出して、生活の足しにしたことも謝ります。わ、私はどうなってもいいのです……ですから!」


 お母さまが膝をついて、地面に額をこすりつけた。


「サクラだけは……許してください……!」

「おかあさま」

「そうです、処分するなら俺を……俺が、アマンダ様を連れ出したのです!」

「おとうさま……!」


 大広間にどよめきが広がる。

 皇帝陛下も困ったような顔をしている。たぶん、ほだされているみたいだ。

 1人だけ、婿養子と一緒に壇上にいるアデルさんだけが、氷のように無表情だ。


「……仮にも、お前は皇族だ。みっともないまねをするな」


 皇帝陛下が静かに言った。

 近くにいる兵士たちに引き起こされるようにして、お父さまとお母さまが立ち上がる。これ、どうなっちゃうんだろう。


「お言葉ながら、申し上げます」


 男なのか女なのか、若者なのか老人なのかわからない声が響く。

 皇帝陛下のかわりに偉そうな老人がいぶかしげな声をあげた。


「なんだ、シュヴァルツ」

「はい。隠密隊の情報網を使って追跡した結果、金融界隈からたどって、北方の村にいるダンという元・ハンターの男……そして、サクラ殿にたどり着きました」


 お金の流れというのは、見る人が見れば様々なことが丸裸になるのだという。

 お父さまの背負った借金のせいで足がついたということみたいだ。


「このサクラ殿が、本当に帝都大聖域から連れ去られた赤子かどうか……確かめるべきではありませんか?」

「むっ」

「年齢などの状況証拠としては万全かもしれませんが、サクラ殿の魔力を計らねば、聖域に召喚された聖女であるという確証はえられないのでは?」

「ふむ……シュヴァルツにも一理あります。しきたりでは、召喚されてすぐに魔力を測り、その過多によって本物の聖女であるかどうかを見極めることになっております」


 ローブの老人が唸る。

 その言葉に、ローブの一団が慌ただしく動き始める。

 大きな水晶のはめ込まれた、時計のような器具が大広間に持ち込まれた。


(あれ……でも、魔力は測ったはず……?)


  あの砕け散った水晶は、簡易魔力測定器のはずだ。こてん、と首をかしげていると……ぽそぽそ、とシュヴァルツさんが耳打ちしてきてくれた。


「サクラ殿、あなたほどの魔力の持ち主であればできるはずです」

「あい?」


 私を魔力測定器の前に運びながら、シュヴァルツさんは続ける。

 他の誰にも聞かれないような声だ。


「……

「かくしゅ?」


 シュヴァルツさんが、私の手を水晶にぺたりと付ける。

 水晶が淡く光り始める。


(隠す……隠す? 隠すってどうやって)

「ここで大量の魔力を持っていると知られれば、あなたは聖女として帝国のになります」


 過労死聖女。

 この世界……『FGG』のキャラクターとしての大聖女サクラのあだ名だ。

 強大な魔力と味方へのバフという圧倒的な周回性能のせいで、常にパーティーメンバーに加えられている人権キャラであるせいだ。


 水晶の光が増していく。

 大広間に集まった人たちがどよめく。期待が滲んだ声だ。

 ……嫌だ。


(嫌だ嫌だ嫌だ……生まれなおしてまで過労死なんて、絶対に嫌だぁああぁ!!)


 そう強く念じると……水晶の光が、消えた。

 皇帝陛下が唸る。


「……む?」

「魔力の光が消えた……?」

「これでは一般人か、それ以下だぞ」


 どよめき、どよめき、どよめき。

 集まった人々の、失望の声。

 私は確信する。


(やった……魔力?を隠せた……! でも、どうして?)


 シュヴァルツさんを見上げると、ぱちんとウィンクをされた。

 そこで、思い至る。


(あのペンダント……!)


 泥蛙竜トード・ドラゴンの毒を消したときにもらったシュヴァルツさんのペンダントだ。胸元のペンダントが熱を持っている。

 シュヴァルツさんが、助けてくれたみたいだ。

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