第3話 解毒
お父さまとお母さまが、口をあんぐりと開けて、目を見開いている。
顔面の穴という穴がかっぴらいている。
「え、なに……?」
ぱちくり、と瞬きをしている。
なんだか、まわりが明るいような。
「……ひかってる?」
これ、光ってるの私だ。
紅葉みたいなちっちゃいお手々が……というか、全身が淡く光っている。
「測定水晶が砕けた……だと……!? なんだ、この魔力は!」
「わ、なんか、その、すみません」
黒ずくめさんの声が震えている。
私の発光は止まらないし、お父さまを取り押さえている傭兵の人たちもドン引きの様子。それはそうだ。私、生まれてまだ3年だけど光ってる人間って見たことないもの。少なくとも、ヒト族では。他の種族は光るかもしれないけども。
「やはり、聖域から持ち出された赤子に間違いなさそうだな」
「持ち出されたって……サクラは物じゃありません!」
今まで怯えていたお母さまが、キッと黒ずくめさんを睨んだ。
黒ずくめさんは、その言葉に少し決まりが悪そうに「こほん」と咳払いをした。
「帝都隠密隊・シュヴァルツの名の下に、現時刻をもって
黒ずくめさんが、私に手を伸ばす。
襟首を掴まれて、子猫みたいに持ち上げられる。
栄養も限られているから、3歳児にしてはかなり小柄だと思う。それにしたって、襟首を掴まれたら苦しい。
「いやー!」
じたじたと手足を動かしていると、黒ずくめさんは慌てて私を抱っこする。
なんか、この人、悪い人ではない……?
怖いことには変わりはないけれど。
「あぇ……?」
「なんだ……この気配は」
ふと、周囲が暗くなる。
それと同時に、黒ずくめさんと睨み合ったときに感じたピリピリを強くしたような感覚に襲われた。ピリピリどころじゃない。ビリビリする。
気配のするほうに視線をやると、ものっすごく気持ちの悪い生き物がいた。
巨大ガマガエルのバケモノだ。
ぶよぶよでボツボツの皮膚。背中に生えているコウモリのような羽根は退化しているのか、動きに合わせて揺れている。
小川でひなたぼっこをしているガマガエルとは似ても似つかない邪悪な気配だ。
そもそも、サイズがちょっとした家くらいあるし。
「わーーーーー!!!」
黒ずくめさんに抱っこされたまま、私はジタバタと暴れる。
次から次へと起きる事態に、私は半べそだった。
ただ、ふつうで平凡に子ども時代を過ごしたいだけなのに!
「……
「とーどどらごん!」
それ、かなり強いモンスターじゃなかっただろうか。
「ふむ、この一体のヌシか……? サクラ殿の光に誘き寄せられている様子」
「あたち!?」
さっき水晶を砕いたときから、体から溢れる光が
傭兵さんたちがそれぞれの武器や魔法で
黒ずくめさんが、腰に差していた細身の剣を抜いて
(あわ……なんか様子が……)
「ゲゴォッ!」
どこからどう見ても、毒液!
「サクラ殿をあずける、逃げるなよ」
「え?」
黒ずくめさんが、抱っこしていた私をお母さまに押しつけた。
たん、と軽い音とともに飛び上がった黒ずくめさんが、宙を舞う毒液の中に突っ込んでいく。
きらり、と剣が閃く。
瞬間、黒ずくめさんが振るった剣の風圧が、私たちの上に降り注ぐ毒液を吹き飛ばした。すごい。それだけじゃなかった。
トパン、という乾いたような湿ったような音が響いて、
「あわ……?」
動きを止めた
黒ずくめさんが剣を振るった風圧は、毒液を吹き飛ばすだけではなくて
「み、見ちゃダメ!」
「う、わあ~」
お母さまが、慌てて私の目を塞ぐ。
かなりエグい光景なので、それはそうだ。
どぉん、という地響きととともに真っ二つになった
「なんだ、あれ……人間業かよ……?」
「いまの太刀筋、見えなかったぞ」
「帝都隠密隊のシュヴァルツって言ってたよな。何者だ……?」
傭兵さんたちが、明らかに狼狽えている。
お父さまとお母さまはというと、黒ずくめさん……もといシュヴァルツさんの実力を目の当たりにして抗う気をなくしてしまったらしい。
「さて……サクラ殿といったか。あなたを帝都にお連れします。参考人の2人もご一緒願いましょうか」
感情の読み取れない声だ。
私は勇気を出してシュヴァルツさんに声をかける。
「あの! お、おとうさまとおかあさまに、痛いことしないでくださ……い……!」
シュヴァルツさんは、私の訴えには返事はせずに周囲で静まりかえっている傭兵さんたちに、凜とした声で言い放つ。
「
「ええ!? こんな高レア素材を……こいつ1体で毒関連の装備をいくつ作れるか分からないですよ!?」
「私はハンターでも物売りでもなく、帝国に仕える身だ。必要ない」
傭兵さんたちが色めきだつ。
ほどなくして、馬車がもう一台やってくる。
「……はぁ。はぁ……」
シュヴァルツさんの息が荒い。忍者のように黒づくめの衣装で口元を隠しているけれど、わずかに見える額には脂汗が浮かんでいる。
おや、思わず声をかけた。
「どちたの?」
「なんでもない」
「つらそー」
「なんでもないと言っている」
いやいや、どう見ても体調不良なのに。
介護と仕事で疲れ果てて体調がボロボロのときに、「どうしたの、大丈夫?」と声をかけてくれた同僚や友人に「なんでもない」と答えていたものだ。端から見たら、こんなにもミエミエの嘘だったとは。
(……あれ? なんだろう、このモヤモヤ)
ふと、シュヴァルツさんの胸のあたりから黒い靄が立ち上っているのに気づいた。
おそるおそる、それに触れると──。
──
「っ!?」
私の指先からブラウザのようなものが出現して、それは光の魔法陣に変形した。
魔法陣はすぐに黒い靄もろとも消えてしまう。
あまりにも一瞬のできごとで、私とシュヴァルツさん以外の人には見えなかったようだ。
「なっ、
「どく!?」
この人、わかっていて放置していたの?
「サクラ殿、あなたやはり……」
シュヴァルツさんは、だっこした私を見つめて複雑そうな表情を浮かべた。
怖い人だけれど、やっぱり悪い人には思えない。
「……ありがとう。お礼にこれを」
ぽつっとお礼を言ってくれたシュヴァルツさんが、自分が身につけていたペンダントを私の首にかけてくれた。
「えあ?」
「必要なければ、あとで返してくれればいい」
ペンダントを私の服の内側にぐいっと押し込んで、それからシュヴァルツさんはちっとも喋ってくれなくなった。気まずい。
お父さまとお母さまは、もう1台の馬車に乗せられるようだ。家族と引き離された私は、シュヴァルツさんの膝に乗せられたままで帝都に向かうことになったのだった。
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