第21話 殴っても良いですよ?

 その後、僕たちは音楽愛好会の窓拭きをした。

 

 途中で伊刈いかりさんがまたバケツを引っくり返して、体操服に着替えていた。


「毎回バケツひっくり返したり、転んで窓ガラスを割りかけたりして……全然掃除が終わらないんです」


 とのこと。


 ……あのヒビの入った窓ガラス、経年劣化というわけじゃないのか。伊刈いかりさんが転んで割りそうになったらしい。


 窓を拭きながら、


「本当に殴ったの?」

「はい」


 あっさりと肯定するものだ。逆に怪しい。


「どうして殴ったの?」

「トイレを占領していて、腹が立ったからです」


 そういえば現場はトイレだったな。


 それにしても……トイレを占領していた、か……


「本当に? 本当にそれが理由?」

「……センパイが私のことをどう評価しているのかは、知りません。でも……私は短気ですよ」それはそうかもしれない。「邪魔な相手は殴り飛ばしてでも排除しようとします」

「そうかもね」なんとなく……容赦しない人だろうとは思う。「だけれどそれは……最高に邪魔な相手だけでしょ? 通行人をいきなり殴ったりしない」


 そんな人が高校に入学できるとは思えない。

 彼女は自制できる人なのだ。なんの理由もなく殴ったりしない。


「どうでしょうね」まともに答える気はなさそうだ。「なんにせよ……私の答えは変わりませんよ。私が暴力的な女だった……ただそれだけの話です」

「そっか……」なかなかに、頑固な人だ。「じゃあ、その事件について僕が調べるって言ったら、殴る?」

「殴っても良いですよ?」できれば殴られたくないな。「でもまぁ……ご自由にどうぞ。センパイが勝手に調べるのなら、私に止める権利はありませんから」


 この言葉が引き出せたのなら上出来だ。


 最初から、答えが返ってくるなんて思っていなかった。


 だけれど勝手に伊刈いかりさんのことを調べるのは失礼な気がしたので、調査の許可を貰いに来たのだ。


 あとは……伊刈いかりさんの教室に行けばなんとかなるだろう。

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