第18話 言葉は選んだほうが良い

 そもそもの始まりは……時鳥ときとりさんとの話題作りでしかなかった。


 時鳥ときとりさんと僕の共通の話題を探すためだけに部活の話になったのだが……まぁ、伊刈いかりさんの悩み解決という共通の話題を手に入れられたから問題ないだろう。


「さて……」また僕は生徒会室に呼び出されていた。「伊刈いかりさんと会ったらしいな。どうだった?」

「……その前に、1つ質問です……」

「なんだ?」

「生徒会って、宿木やどりぎ会長しかいないんですか?」


 僕が生徒会室に来るたび、彼女しかいない。宿木やどりぎ黒百合くろゆりしかいない。


 確かに生徒会室はそこまで広い部屋じゃないけれど……さすがに生徒会が1人は違和感がある。


「他にもいるぞ? ただ、キミのために貸し切りにしているというだけだ」

「貸し切りって……」

「正確には、誰も生徒会室を利用しない時間を私が知っているだけだ。特別な手続きなど必要ない」それから彼女はソファに体重を預けて、「会議もないのに生徒会室に入り浸って、常に仕事をしている……そんなのは幻想だよ。生徒会と言ってもただの生徒……用事がなければ即帰宅だ。他の部活との掛け持ちをしている人もいる」


 なるほど……毎日毎日集まっているわけじゃないんだな。必要な議題がある場合のみの招集なのだろう。


「本当の生徒会など、つまらないものだよ。創作の世界のように、権力を持っていたりしない」


 それはさておき、と宿木やどりぎ会長は本題に話を戻す。


伊刈いかりさんはどうだった?」

「……」バケツを引っくり返していたこととかは、話さなくていいだろうな。「ピアノを人前で弾こうとすると、手が震えると言っていました」

「なるほどな……」その事柄自体は、宿木やどりぎ会長も知っていたらしい。「原因は、あのコンクールか……」

「ああ……酷評されたってやつですか」

「そうだ。私も昔はピアノを習っていて……同じコンクールに出場していたんだ」会長は思い返すように天井を見て、「あとになって聞けば……あれは審査員の教育方針だったようだ」


 ……教育方針……?

 

 ヘタクソとか言うことが、教育方針だったのだろうか……?


「叩いて伸ばす。叱っても奮起できるような根性のある人材を探す。それが彼らの教育方針だった」

「……つまり、酷評されたのは伊刈いかりさんだけじゃないと?」

「そうだ。私も言われたぞ。思い出しただけで腹が立つ」笑っているけれど、怒りは伝わってくる。「しかし子供のコンクールだ。皆、自分の出番のことだけで頭がいっぱい……他の人の評価など、耳に入っていない」


 自分だけが酷評されたと思い込むわけだ。


「あれで、ピアノを辞めた人は多くいる。私の知り合いにも、そういう人はいた」酷評に耐えきれず、ピアノの道を諦めてしまった人。「その教育方針が間違っていたのかなんて、私にはわからない。実際に酷評されても奮起して、ピアノを続けている人もいる。成功している人だっている」


 優しく諭すだけが教育ではない。それは理解できる。


 ときには厳しい言葉も必要で、怒鳴りつけることだって効果はあるのかもしれない。


 それにピアノの道……いや、芸術の道を進むのなら酷評されるのはよくあることだろう。SNSが発達したこの世の中では、多くの評価にさらされる。

 その中には……人格を否定するようなひどい言葉だってあるのだろう。


 酷評されて辞めてしまうのなら、それまで。その考えも、わからないわけじゃない。


 だけれど……


「やっぱり……その教育方針には納得できませんよ」

「私もだ。たしかに甘い言葉をかけることだけが教育じゃないだろうが……少なくとも、あんなコンクールの場面で言うことじゃない。大勢の観客の前で、晒し者にするのは論外だ」

「……僕は現場を見てないので、どんな場面だったのかはわかりませんけど……」そんなに観客がいたらしい。「とにかく……その審査員は僕にとって大切な人を2人傷つけてますからね。やっぱり……納得できないですよ」


 僕が言うと、宿木やどりぎ会長は一瞬キョトンとした表情を見せた。

 それから苦笑いで、


「大切な人……か。気持ちは嬉しいが、あまり多用して良い言葉じゃないな。これから恋人を作ろうとしている男なら、言葉は選んだほうが良い」

「あ……」確かに勘違いさせる言動だった。「失礼しました……言い換えます。僕の尊敬する人を2人傷つけてますから」


 宿木やどりぎ会長と、伊刈いかり春見かすみさん。僕が尊敬する2人を傷つけた。


「尊敬か……年下相手にその言葉を使えるのは、なかなか珍しい」

「僕にそんなプライドはありませんよ」


 ピアノも弾けて、さらに自分のできないことに果敢に挑戦している伊刈いかりさん。

 そんな彼女のことを、僕は尊敬している。


 それから、宿木やどりぎ会長はコーヒーを一口飲んで、


「そういえば……今日は時鳥ときとりさんはどうした?」

「ああ……朝に彼女と会ったら……明らかに熱を出していたので。保健室で寝てます」たぶん伊刈いかりさんのことで頭を使いすぎたのだろう。「本人は熱を出してる自覚が、まったくなかったみたいですけど」

「そ、そうか……」


 朝、彼女と出会って驚いた。


 顔が赤くて、見るからに熱があった。

 しかし彼女は自分が風邪をひいていることに気がついていなかったのだ。


 なんとかは風邪をひかない……それはきっと、バカは自分が風邪をひいていることにも気づかないという意味なのだが……

 その言葉を完璧に体現してしまった時鳥ときとりさんなのであった。

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