第14話 情熱的だね

 生徒会長宿木やどりぎ黒百合くろゆりとの会話を終えて、僕は生徒会室を出た。


 すると、


「あ……」僕を待っていたのか、時鳥ときとり子規しきさんが壁にもたれかかっていた。「こんにちは」

「……こんにちは……」


 なんで彼女がここにいるんだろうと疑問に思っていると、


「キミがこの時間、生徒会室にいるのはわかってたから。だから、待ってたよ」

「……そうなんだ……」偶然見かけただけだろうに。「えーっと……少し生徒会長から依頼を受けていたんだ」


 なんだか弁明する必要がある気がした。


 時鳥ときとりさんからすれば、宿木やどりぎ生徒会長は最強クラスの恋敵だ。

 そんな恋敵と、僕が一緒の部屋に入っていった……これは弁明すべきだろう。


 しかし、時鳥ときとりさんはそんなことは気にしていないように見える。


「依頼って?」

「えーっとね……音楽愛好会の部員さんの……悩みを解決してほしいって」僕たちが部員になるとかの話は、まだしなくていいだろう。「悩みが何なのかは……まだ教えてもらってない」


 まぁ依頼というのは建前に近いのだろう。本当の目的は……僕たちへの話題提供。


「なるほど……部員が足りない、とか?」

「たしかに」愛好会なのだから、まだ部には昇進できていないのだろう。しかし……「未来でも、音楽愛好会の部員は足りてなかったの?」

「え……?」


 想定外の事態になると、途端に大慌ての時鳥ときとりさんだった。


「そ、それは……えーっと……そ、そうですね……」


 なぜか敬語だった。


「そっか……」そこまで慌ててくれると、もっとからかいたくなる。「じゃあ未来では音楽愛好会は1ヶ月でなくなってしまったのかな?」

「おそらく……私は、名前を聞いたことがなかったから……」


 1ヶ月で部に昇進できないと、残念ながらその愛好会は消滅してしまう。


 入学早々できた部活が1ヶ月で消えれば……まぁ未来の時鳥ときとりさんが知らなくても無理はないだろう。なんとかつじつまを合わせてきたな。


 さて世間話をしながら、早速僕たちは音楽愛好会の部室に向かった。愛好会なのに部室というのもなんだか違和感だが……まぁ部室でいいだろう。


 その部室が近づいてくるにつれて、


「……ピアノの音」時鳥ときとりさんがリズムを取りながら、「クラシック……かな?」

「そうなのかな……」僕は音楽に詳しくない。アニソンくらいしか知らない。それすらも詳しくないけれど。「たしかに……そんな気はする」


 なんとなく、クラシックっぽい気がする。そう感じた理由は不明。


 激しい曲だった。無数の雷が降り注ぐ夜の空が頭に思い浮かんだ。


 叩きつけるような音に聞こえた。元気かつ自由に跳ね回って、ピアノが好きだということが伝わってくる。


「上手……」時鳥ときとりさんが目をつぶってピアノの音に耳をすませる。「なんだろう……すごく、気持ちが高ぶってくる……」

「わかる」心の奥底が燃えるような感覚。「情熱的だね」


 そんな会話をしているうちに、音楽愛好会の部室の前にたどり着いた。


 今はあまり使われていない別館の一室。この別館を取り壊していないことが、愛好会に部室を与える余裕に繋がっているのだろう。


 いよいよ、曲は佳境に差し掛かる。


 物語が思い浮かんだ。耳から音が流れ込んできて、情景に変換される。


 激しい。あまりにも激しい超絶技巧。惨劇が似合いそうなほど恐ろしく、それでいてすぐに壊れてしまいそうな繊細さ。


 締めのフレーズとともに、曲はフェードアウトしていく。

 

 そして教室には沈黙。どうやらこれで曲は終了らしい。


 しばらく僕は、教室の前で立ち尽くしていた。圧倒されたという言葉が正しいのだろう。


 しかし、このまま突っ立っていたも始まらない。


 僕が音楽愛好会の扉をノックしようとした瞬間――


 バケツがひっくり返る音が聞こえた。

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