第9話 見たかったからね

 男子たちの拳が、僕と時鳥ときとりさんに同時に襲いかかってきた。

 僕は時鳥ときとりさんに向かってきた拳を止めて、自分は殴られるつもりでいたのだが、なんで僕は殴られていないのだろう?


「あ、あれ……?」同じく自分が殴られないことを不思議に思った時鳥ときとりさんが、「なんで……?」


 冷静になって、目の前の男たちを見る。


「あ……」


 お互いが、お互いのことを守っていた。

 僕は時鳥ときとりさんに向かってきた拳を止め、時鳥ときとりさんは僕に向かってきた拳を受け止めていた。


 結果として、どちらも殴られなかったのだ。


「なんだそりゃ……」ナンパしていた彼が、「お前ら……」

「僕も驚いてるよ……」完全に殴られるつもりでいた。「時鳥ときとりさん……ありがとう」

「こ、こちらこそ……」彼女も同じ驚きを味わっていることだろう。「……ありがとう……」


 あまりの奇跡に、驚いてしまった。そしてそれは、相手も同じ。


「チッ……!」彼は大きく舌打ちをして、「まぁいい……もうそんな女に興味はねぇよ」


 そんな捨てゼリフを残して、彼らは教室を去っていった。


 教室はしばらくの間静まり返っていたが……すぐにその喧騒を取り戻した。始業式当日とはいえ、友達作りのために教室に残る人が多いようだ。


 それにしても時鳥ときとりさん……結構やるな。男子のフルスイングを、あっさりと受け止めていた。


 カナヅチだけれど、身体能力は高いようだ。


「ああ……」時鳥ときとりさんは曖昧に笑って、「び、びっくりしたね……」

「まぁ、そうだね」時鳥ときとりさんの強さに驚いた。「ケガはない?」

「私は大丈夫だけど……」

「僕も大丈夫だよ」

「それはよかった……」


 それから時鳥ときとりさんは男子たちが去っていった扉を見て、


「……傷つけちゃったかな……」……この状況でも、あの男子たちの心配をする時鳥ときとりさんだった。「怒らせたくは、なかったんだけど……」

時鳥ときとりさんは悪くないよ」そう断言できる。「無礼なのは向こうだ」

「でも……」


 相手を傷つけて良いとは限らない。


 たしかにそうだ。相手が無礼だからといって、こちらからも無礼を返してよいわけじゃない。


 だけれど、今回の時鳥ときとりさんの対応は至極真っ当なものだった。唯一、僕に恋をしているというのが間違っているけれど。


 ともあれ、空気を変えるためにからかってみる。


「ずいぶん動揺してるね……この出来事も、知ってるんじゃないの?」

「え……? あ……」未来人という設定を完全に忘れていたようだ。「そ、そうだね……その……えーっと……き、キミのカッコいいところを見たかったからね」

「それはどうも」これ以上教室にいるのも面倒なので、「行こうか」

「うん」


 そうして、僕たちは教室を出た。


 僕と彼女の……奇妙な奇妙な生活のスタートである。

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