第8話 好きな人がいるの

 どうやら時鳥ときとり子規しきという人物は、かなりの強運らしい。


「同じクラスだったね」してやったりとばかりに、時鳥ときとりさんの顔が明るくなっていた。「これで私が未来人だって、信じてくれた?」

「ど、どうだろうね……」同じクラスになるくらい、あり得る確率だろう。「まだ、なんとも……」

「そっか……」


 というより……彼女が未来人じゃないことは知っている。設定ノートを見てしまったからな……


「それから……!」時鳥ときとりさんは僕を指して、「キミは私のものだから。相手が生徒会長でも、譲れないから」

「あ、ありがとう……」うん。やはり夢だ。ありえないありえない。「と、とりあえずクラスに行こうか……」


 キャパオーバーだよ。生徒会長とクラスのアイドルに告白されて冷静でいられるわけないよ。理性を保っただけで褒めてほしい。


 僕と時鳥ときとりさんのクラス……2年B組は始業式を終え、ホームルームの最中だった。


 担任の紹介と、軽い生徒たちの自己紹介。


 どうやら自己紹介の途中で教室に入った、らしい。

 

 遅刻について注意されたような気がするが、定かではない。今の僕は上の空だ。自己紹介も適当に済ませてしまった。


 告白された……告白された。時間差でその実感が湧いてきた。そして他のクラスメイトの自己紹介を聞いているうちに、どうやらこれは夢じゃないのだと思い始めた。


 しかも……美人生徒会長とクラスのアイドルから選べる状態にある? なんの冗談だ? ラノベか?


 僕が冷静になろうと呼吸を整えていると、

 

時鳥ときとりさん」


 クラスの男子が、時鳥ときとりさんに話しかけていた。いつの間にか自己紹介も終わっていたらしい。


「このあと暇?」その男子は……クラスのイケメン君だ。茶髪の、爽やかなイケメン。「よかったら喫茶店とか……一緒に行かない?」


 なんともスマートにナンパするものだった。これがイケメンというものか。


 この男子、たしか女子の間でかなり人気がある。男子版時鳥ときとりさんみたいなもので、男子アイドルと言えば彼だろう。


 ……悪い噂も聞くけれど……まぁ、人気は確かだ。


 そして同じクラスになった時鳥ときとりさんを、満を持して口説きに来たわけだ。


 だが、


「あ、ごめん」時鳥ときとりさんはあっさりと断る。「ちょっと用事があって……」

「そうなの?」まだ諦める様子はない。「じゃあ、いつなら行ける? デートしようぜ」

「デート……?」

「そうそう。お似合いのカップルだと思うぜ、俺たち」

「……じゃあ……」時鳥ときとりさんは深々と頭を下げて、「ごめんなさい。私、好きな人がいるの」


 ……なんか教室が凍りついた気がする。


 それは彼がフラレたということに対してか……あるいは時鳥ときとりさんに好きな人がいるという情報に対してか……


「好きな人……それ、俺のこと?」ポジティブすぎる。見習いたい。「遠回しな告白だね。まぁ答えは当然――」

「あ、いや……ごめん。違うの」

「……はぁ……?」フラレたことなかったんだろうな。「なにそれ……俺に恥かかせるの?」

「恥って……」


 あんたが勝手に恥かいたんだろうに……こんなクラス全員の前で勝手に告白したのは、彼のほうだ。


 ……なんだか危険な雰囲気の男だな。挫折を知らないというかなんというか……


「とにかく……」彼は時鳥ときとりさんの腕を掴んで、「悪いようにはしないって。だから、一緒に遊ぼうぜ」

「……」時鳥ときとりさんは彼の手を優しく振りほどいて、「ごめんなさい……」

「謝らなくていいって」彼は右手を上げて、なにか合図を送る。「おい」

 

 呼ばれて、数人の男子が彼に近づいていった。どうやら彼の取り巻きらしい。


 力ずくで連れて行く気か……? 1対1での告白までなら静観していたが、大人数で襲うつもりなら見逃せない。


 時鳥ときとりさんは一歩後ずさる。目の前には4人のガタイの良い男子。そりゃ怖いだろう。


「こんにちは」僕はその間に割って入って、「楽しそうだね。僕も混ぜてよ」

「あぁ?」……なんで彼は、そんなにイライラしているのだろう。「誰だお前。邪魔すんなよ」

「邪魔と言われても……これから僕は時鳥ときとりさんと一緒に帰る約束をしているんだ。邪魔なのはキミたちだよ」

「……ふぅん……」彼は僕をしげしげと眺めて、「時鳥ときとりさんも見る目がないんだな……こんな男を選ぶとは」


 見る目がないというのは僕も同意だ。絶対に僕じゃ、彼女に釣り合わないだろうに。


「まぁ……先約がいるんなら仕方ないな」大人しく引き下がってくれる、つもりはないようだった。「なら、無理やり奪えばいいよな?」


 なんでそんな結論になるのだろうか。


 取り巻きのうち2人が、拳を鳴らす。どうやらケンカ担当は彼ららしい。


 とはいえ僕としては、進級初日からケンカなんてしたくない。遅刻して現れてケンカなんてしたら、留年の可能性すら見えてくる。


 ……


 2、3発殴られて終わりなら良いのだけれど。なんてことを思っていると、


時鳥ときとりさん」彼が宣言をする、「ちょっとかわいいからって調子に乗ってると、痛い目見るぜ」


 その言葉を合図に、男二人が同時に拳を振り上げた。


 片方の拳は僕に向かって……そしてもう片方の拳は、時鳥ときとりさんに向かっていた。


 こいつら……僕だけならまだしも時鳥ときとりさんまで殴るつもりか?


 考えている暇はなかった。


 僕は時鳥ときとりさんに向かっていた拳を受け止めて、自分に襲いかかる拳に対して歯を食いしばった。


 そしてその拳は僕に直撃……


 しなかった。

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