第2話 じゃあ、私の恋人になって

 冷蔵庫に押しつぶされて川底に来てしまった状態。袖が挟まってうまく脱出できない。


 意識が薄れかけた瞬間……水の振動が聞こえた。


 入水音。誰かが川に飛び込んだ。それだけが把握できた。


 上のほうから、女子高生が近づいてくる。僕と同じ学校の制服を着ている女の子だった。


 その子は不格好な泳ぎ……というより、沈むような格好で僕のところまでたどり着いた。


 そして、彼女は冷蔵庫に引っかかった僕の袖を引っこ抜く。袖が破けて、なんとか冷蔵庫の下敷きから脱出することができた。


 とはいえ現在地は川底。大ピンチであることに変わりはない。


 もうかなり肺の空気を吐き出してしまった。手足が痺れている気がする。そんな状態で陸まで上がれるか……?


 ふと横を見ると、


「……!」


 僕を助けに来た女子が、溺れていた。バタバタと手足を彷徨わせて、水の中で苦しんでいた。


 ……この人……泳げないのか! そんな状態で僕のことを助けに来たのか……!


 迷っている暇なんてなかった。僕はその子の腕を掴んで、地面を蹴る。


 息が苦しい。上昇しているのかもわからない。視界が暗い。しかし、彼女を死なせる訳にはいかない。


 最後の力を振り絞って、足と手を動かす。

 

 そして、


「っ……プハ……!」水面に顔が出た。太陽が眩しかった。そのまま咳き込んで、「大丈夫……?」

「……大丈夫……」彼女にも意識はあるようだった。「……そっか……私、泳げなかった……」

「……ありがとう……」泳げないのに助けに来てくれたという……勇気を称賛しよう。「キミがいなかったら、僕は死んでたよ」

「いやいや……そんな……」


 会話もそこそこに、僕たちは陸に上がる。

 陸と言っても粗大ゴミでできた陸だ。そしてそのままついでに、子犬も助けることにした。


 冷蔵庫が襲ってこなければ、大した川じゃない。僕は彼女と子犬を抱えたまま、今度こそ陸地に到着した。


「あ……ありがとうございました……!」少年が泣きそうな顔で子犬を抱えて、「お礼はいつか、必ず……」

「いらない」お礼なんて小っ恥ずかしくて貰えない。「みんな無事だったんだし……それだけでいいよ」


 というわけで、少年とは別れた。どうしても彼はお礼がしたいようだが、こっちとしてはいただきたくない。


 さて……びしょ濡れになった服を絞りながら、


「さっきはありがとう」女子高生にお礼を言っておく。「ホントに……キミがいなかったら死んでた」

「いやぁ……」彼女は照れくさそうに、「逆に足を引っ張ったよ……ゴメン……」

「そんなことない」僕は破れた袖を見せて、「キミが袖を破ってくれなかったら、あの冷蔵庫に押しつぶされてた」

「あ……そう言ってくれると、ありがたいな」


 そうして、彼女はニコリと笑う。


 太陽のように明るい……屈託のない笑顔。およそ高校生とは思えないような、子供みたいな笑顔。


 改めて彼女を見て、驚いた。

 水に濡れた長い黒髪。長い手足。身長は低くも高くもないが、細身なので少し高めに見える。


 とてつもない美少女……というより、この人は……


「って……あれ……時鳥ときとりさん……?」

「え……私のこと、知ってるの?」

「ああ……その、えっと……なんとなくね」


 入学当初から、彼女は有名だった。


 とんでもない美少女がいると、噂になったものだ。この学校の生徒会長宿木やどりぎ会長並みの美少女が1年生にいると、話題になっていた。


 それから数人の男子がアタックしたが、カップル成立とはならなかった。


 しばらくして……また噂が流れた。


 時鳥ときとり子規しきは、アホであると。


 しかしまぁ……ちょっとくらいアホでも、これだけかわいければ彼氏なんてすぐにできそうなものだが……なんで彼女は恋人を作らないのだろう。


 1年生のとき、僕とは違うクラスだった。だから接点はなかったのだが……


「とりあえず……ちょうど良かったよ」彼女は満面の笑みで、「ちょっとお願いがあるんだ」

「ああ……命の恩人の頼みだからね。大抵は聞くよ」

「良かった。じゃあ、私の恋人になって」

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