第1話 そんなこと言われても
今を全力で生きる。
言葉にするのは簡単だ。1回くらいなら実行もできるかもしれない。
でも僕たちはどこか妥協している。これでいいやと諦めている。明日があるからと今を薄めている。
今だけを見つめて、今だけ頑張る。それを繰り返せば、今を全力で生きられるだろう。
仮に今を全力で生きられない人は、人生をやり直したって全力で生きられないのだろう。何度やり直したって、少しずつ人生を薄めるだけなのだろう。
……
まぁ何が言いたいのかというと……
子犬なんて助けなければよかったという話だ。
☆
2年生に進級して、少しばかり調子に乗っていた4月8日。
度重なる赤点によって課せられた追試を突破し、やっぱり僕はやればできるなんて思い違いをしていた。
だから、
「あの……!」登校中に声をかけてきた小学生の頼みを、引き受けてしまったのだ。「モコが……僕の犬が……犬が……!」
「……落ち着いて……犬がどうしたの?」
「あそこ……」
現在僕がいるのは、この町を流れる川の近く。要するに土手が通学路なのだが、そこで少年に声をかけられた。
少年が指を指した場所は、川のど真ん中。不法投棄の粗大ごみが集まってできた小さな陸地。
その場所に、子犬がいた。水に濡れて、ブルブル震えていた。
「た、助けて……」
「……そんなこと言われても……」
いくら川の流れも穏やかとはいえ……川は川だ。
川遊びをするときは細心の注意を払わいといけないし、川には気をつけろと今は亡き母からも教わっている。
「ごめんなさい……!」少年は泣きじゃくりながら、「僕がリードを離しちゃって……追いかけてたら、モコが川に飛び込んじゃって……」
「モコって言うんだ」
かわいらしい名前の犬だ。
さらに少年は言う。
「お願い……僕、泳げなくて……」
「……」正直言って気が進まない。2年生進級初日から遅刻するのも気が引けるし、制服だって濡らしたくない。「……大切な犬なの?」
「家族だよ……お母さんが死んじゃって……落ち込んでた僕のところに来てくれた、大切な家族なんだ」
大切な家族……
……
まぁ、制服くらい新しく買えばいいか。
☆
そんなこんなで少年および子犬モコのヒーローとなるべく、僕は川に飛び込んだ。
一応ブレザーは脱いできたが、シャツは濡れてしまった。気持ち悪いが、気にしていられない。
気分は物語の主人公。スーパーマンにでもなった気分だった。
川の流れは穏やかで、簡単に粗大ゴミでできた島にたどり着く。
そして颯爽と犬を助けてヒーローになる……
はずだった。
「げ……!」
粗大ごみでできた島は……当然ながら粗大ごみが大量に集まっている。
その中の1つ、冷蔵庫らしきものが島から外れて僕に襲いかかってきた。
そのまま、冷蔵庫に押しつぶされるように川底に沈んでいく。押し返そうにも水中では力なんて入らない。
焦って水を飲み込んでしまう。喉を汚い水が通って、体が一気に熱くなる。叫んで助けを呼ぼうにも水中だ。
袖が冷蔵庫に引っかかって、うまく動けない。そのまま押しつぶされるように沈んでいき、ついに川底に背が付いてしまった。
……
あれ……? これ死ぬのでは? 肺活量と体力にはそこそこ自信があるが、当然水中では生きていけない。
袖が引っかかって脱出できない。冷静になればどうってことないのだろうが、今の僕はパニックだ。
ああ子犬なんて助けようとするんじゃなかった……自分が死んじまったら意味がない。あの少年の心に傷を負わせてしまう。
その瞬間だった。
「……?」
入水音が聞こえた。
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