第5話「化け物・3」
「残念ながら、俺には真実の姿が白髪の美しい人には見えん」
「え?」
完全に寝耳に水だった。思いも寄らなかった内容に、自分が何を言われたのか、脳に撥水機能でもついてしまったのかと思うくらい、全く頭の中に浸透してこなかった。
人は自分の見えるものしか見えない。そんな言葉を、誰からかは覚えていないが聞いたことがある。この文言には、多岐に渡る解釈を加えることが可能だが、私の場合はこんな解釈をした。
――人は誰しも、自分の視点、つまり主観しか持たない。主観以外からものを見ることは出来ない。故に、主観から見えたものが掛け値なく『全て』なのだ。
大袈裟だと言われるかもしれないが、私はこれは正しいと思っている。今回のようなことが起きたことが、その何よりの証拠だ。
私の目には白髪の美しい人として映ったのだから、それが私に得ることの出来る情報の全てであった。まさか、それが他人には全くの別物に見えている可能性があるなど、ちりほども思い付きもしなかったのだから。
「俺には、顔に目も鼻も口もついとらん、のっぺらぼうみたいにしか見えんけど」
だから実際にこうやって指摘されるまで気付きようもなかったのは、当然と言えるだろう。
「ん?」
私の顔が、何もついてない、のっぺらぼう……? 妙に冷静な頭で反芻するが、それでも全然ピンと来ない。
「どういう意味?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だよ。俺の目から見える真実の顔には、口も鼻も目も何もついてなくて、肌色一色、まっさらなんだ」
言われて、私は自分の顔を触れてみたが、しかし口も鼻も目も全て、あるべき位置に、あるべきそれがちゃんとついていた。
「いや、あるじゃん」
私の方こそ怪訝な顔をする。
いや、実のところ、鏡で自分の顔を確認したわけではないため、本当に銀さんの顔になっている確証はない。しかし、服装と髪型が銀さんと一致していることと、顔のパーツが全て揃っていること、少なくともこの二つは確かだ。
だが、
「ないよ。少なくとも俺視点からは」
「俺視点からは、ね……」
人によって見えるとか見えないとか、ついさっきもどこかで聞いたことがあるような話だ。
「じゃあ試しに、これは見えない?」
そう言って、私は全力で変顔をしてみせる。見えるのならば、かつて同級生の間でにらめっこ神と呼ばれたこの私の天才的な変顔を前にして、天地がひっくり返るほどの面白さに爆笑不可避、笑い転げるに違いないのだが、(嘘です。本当は恥ずかしがってそこまで思い切った変顔はできませんでしたごめんなさい)実際それを見た蒼勇はというと、きょとんとした顔で首を傾げた。演技には見えない。本当に私が何をしているのかわかっていないのだろう。
「じゃあ、この真っ白な髪の毛は?」
私は肩を流れている自分の(銀さんの)絹糸のような美しい髪を一束摘んで差し出す。
「うん。その辺の空気を摘んで見せびらかしとるようにしか見えん」
「それはシュールだね」
髪の毛すら見えないらしい。それは、白髪がどうとか言われてもピンときていなかったわけだ。人毎の知覚の差異などここ数時間で何度も経験して、今更驚きは生じないが、相変わらず不思議な感じだ。いや、私がここまで短時間で、怪異の非現実性を受け入れてしまっていることのほうが余っ程不思議だし、驚きか。
顔に何もついていない。確かにそれはのっぺらぼうらしい。――のっぺらぼう……?
その単語に、私はハッとした。何故すぐにこれに気付かなかったのだろう。
「ちょっと待って」
「待ってって、何を?」
確かに、何かを遮るわけでもないのにこの切り出し方はおかしかった。
それはともかく、
「さっき私のことのっぺらぼうみたいって言ったよね?」
「うん」
「じゃあ、私はのっぺらぼうっていう怪異なの?」
のっぺらぼう――その単語を聞いて、妖怪自体ではなく、顔にパーツがついていないという特徴のほうを先に連想してしまったため、すぐに気付けなかった。既に具体的な怪異の名前が出ていたではないか。
顔に口・鼻・目がない日本の妖怪――のっぺらぼう。
特徴は私と一致している。仮に私がのっぺらぼうであると判明したならば、一気に話が進むのではないだろうか。
そう思って尋ねたが、
「いいや、たぶん違う。のっぺらぼうは大抵、誰の目から見ても顔に何もついとらんように見えるからね。のっぺらぼうに近い性質はあるかもしれんが、のっぺらぼうではない」
「そうか……」
違った。流石にそこまで単純な話ではないらしい。
短い間でも期待してしまっただけに、外れた落差が心を折りにくる。私はがっくしと肩を落としてしまった。溜息すらつきたい気分だ。
私の呟きを最後に二人とも押し黙ったことで、夜の公園がどんよりと重い空気に沈み込みそうになる。だが、そうなる前に沈黙は破られた。
「予想が確信に変わったよ」
そう言ったのは蒼勇だ。まるで風が吹き抜けたようだった。それは立ち込めた重い空気を吹き飛ばし、私の落胆も蝋燭の火のように吹き消した。
期待の眼差しの先、蒼勇は公園を支配する暗闇を見やっていた。
「何が?」
その横顔に尋ねると、彼はそちらを向いたまま答える。
「銀さんがどういう怪異かだ」
「おお――ッ!?」
つい自分を抑えられなかった私は、目を輝かせて身を乗り出す。弾かれたようにこちらを向いた蒼勇は、不愉快そうに顔をしかめて顎を引いた。それを見て、思い出した、というより実感した。
「そうだった。私はのっぺらぼうみたいな顔をしてるんだった」
「うん」
それは、そんな気色悪い存在に詰め寄られたら、不快に思うのも無理からぬことだろう。これからは気を付けなければ。いや、どんな顔であったとしても、衝動的な行動は控えるべきか。
自分を戒めながら、私は乗り出していた体を元の位置に戻す。
「中断してごめん。銀さんがどんな怪異なのか、だったね。続き、お願い」
「ああ」
謝罪してから先を促すと、蒼勇も姿勢を元に戻した。
「結論から言っちゃうと、銀さんは見る人に対して、その人が思い描く理想の姿を見せる、そういう類の怪異だ」
言われてもあまりピンと来なくて、私は眉を寄せる(きっとどんな表情をしたところで蒼勇には見えていないだろうが)。
私にとって理想の姿、ということは、
「腹の底では、私はああなりたいって思ってるってこと?」
「うーんと、違う。逆だ。他人に対して求める理想。つまり、君の好みのタイプってことだ」
「ああ――」
なるほど。納得した私を見て、蒼勇は続ける。
「あれは、見る人の性的嗜好をそのまま映し出す。だから、大抵の場合、男が見ると美女の姿になって、女が見るとハンサム男の姿になるんだけど……」
言いにくそうに言う。
「真実の場合は、うん、そういうことになるな」
「どういうこと?」
私が、銀さんのような、かわいい系の中性的な人が好みだということなのだろうか。好みのタイプとかあまり考えたことがなくて、よくわからない。
それは一先ずいいとして、
「でも、どうして好みの外見に見えるようになってるの?」
「それは、人は好みの外見をした相手には弱いからだ」
「ああ――」
それもなるほどだ。好みの容姿をした相手のほうが、容姿が好みであるというだけで、それ以外の容姿をした相手よりもずっと好感を抱いてしまうから、安易に相手を信用してしまったり、相手からの押しに弱くなってしまうのだとか、そんなことを聞いたことがある。初対面だと、内面的なところはまだ見えず、外見的魅力のみで相手への印象を評価してしまうため、それがより顕著に現れるのだとも。
だから、
「真実も実際、二回しかあったことない、正体不明の銀さんを、理由も保証もなく信用しちゃったんだろ?」
「確かに……」
言われて、私は思い返す。
『こっちにおいで』『ほら、手を出してごらん』
脳がとろけるような声で言われたことを、それでいいのだと信じて疑いもせず、いや、それどころか、銀さんの指示に従えることが例えようもないほど栄誉なことに思えて、心の底から喜んで実行に移した。
今思うと、あの時の私は本当に愚かだった。いや、愚かというより――どうかしていた。正気でなかった。
「銀さんは至上の容姿で相手を魅惑して、籠絡する」
正気を失ってしてしまうくらい、私は銀さんに心を惑わされていた、ということなのだろう。
蒼勇は続けて言った。
「そして、惑わした相手に向かってこんな感じなことを言う。――魂と引き換えに何でも願いを叶えてやろう。なんてね」
『さあ、願いを言ってごらん。このボクが、どんな願いでも一つだけ叶えてあげるよ』
ちょうど銀さんと対面していた時のことを思い出していた所為だろう。脳裏で記憶が重なり、私は思わずドキリとさせられてしまった。
「そうやって聞き出した願いを叶え、その対価として魂を頂いていく。そういう性質を持つ、悪魔なんて呼ばれ方をする怪異だ」
「そう、なんだ」
動揺から、不覚にも返答に少し詰まってしまった。
「昨晩、真実は家の前に現れた銀さんの至上の美しさに心を射止められ、銀さんを妄信した。それっぽい言い方をするんなら、悪魔に誑かされたってことだね」
蒼勇はいたずらっぽく笑う。
「そんで手を触れさせられ、願いを唱えさせられた。真実が気絶するまでの経緯は、こんなところだったね」
全くその通りだ。その通りだけれども、私は『はい』とも『いいえ』とも言えなかった。
「そして次に目が覚めると、真実の姿をした人が目の前にいたり、真実が人から知覚されなくなったり、まあ雑に纏めりゃあ色々起きたわけだ。その色々がどういう原理で、実際何が起きとんのか。さっき真実が話してくれた、その辺りについての真実の考察、聞いて正直びっくりしたよ」
「どういう意味で? 考察がアホらしすぎて?」
馬鹿にされたような気がして、非難の眼差しを向ける。
「急に卑屈なこと言うなぁ。違うよ」
「じゃあ何なの?」
「真実の洞察力が凄くてだよ」
「え?」
思いも寄らない称賛をされ、驚きを隠せない。が、それは一瞬のこと。冷静に思い返してみると、彼の発言におかしな点があることに気付いた。
「いや、蒼勇、私が結論を出すのを諦めて、お手上げだったって言った時、あからさまに残念そうにしてたじゃん」
「それは期待の裏返しみたいなやつだ。心の中では驚嘆しとったで」
「――――」
胡散臭いにも程がある。私の疑念は深まるばかりだ。それを感じ取ってか、頼んでもいないのに彼は弁明する。
「普通こんなわけわからん状況下でもなおパニックに陥らずに、現状を把握しようと思案を巡らせられるようなやつはそうおらんでね。だからどんな結論を導き出すのか楽しみにしとったてのは嘘じゃない」
「でも、結局結論は出せなかったじゃん」
「そうだね。でも、真実は目の付け所がかなり鋭かったし、限りある情報からあそこまで予想を立てられたのは、正直見事としか言いようがない。何度も言うけど、めっちゃ頭回るんだなって感心しと――」
「――そんなことはない」
私は蒼勇の称賛を遮るように、いや実際遮って、強い口調で否定した。彼の言葉が偽りでないことは既にわかっていたが、だからこそ、これ以上聞くに堪えなかった。
「どうせ考察は間違ってるんだから、どれだけ考えを巡らせられたところで意味ない」
突き放すように言う。
「正しくなかったら、合ってなかったら……意味なんてない」
「いや、それこそそんなことはないぞ」
「は?」
うわ、出た。――うんざりして、胸の中で黒い感情が渦を巻き出す。
どうせ、間違っているとしても考えること自体に意味があるのだとか、そういうもっともらしい、心底くだらない綺麗事を言うつもりだろう。見え透いている。そんなのは間違えることの恐怖を知らないから言える無責任な台詞だ。的外れな台詞だ。
もう聞きたくない。――耳を塞ごうとした私に、蒼勇は言った。
「考察、たぶん真実が思っとる以上にいい線行っとるで」
「え?」
思わず声が零れたのは、それが、最も有り得ない言葉であると同時に、腹の底では最も求めていた言葉だったからだ。いや、少し違う。正確に言うならば、そうであってほしいと願っていながらも、叶うはずないと諦めていた言葉だったからだ。
「真実の考察は部分的に合っとって、部分的に間違っとる。でも間違っとるほうの部分は、怪異の専門知識がないとわかるはずもないような、テストで言う悪問みたいなやつだから、予想できんくて当然。それを除けば大体合っとるから、一般人に予想可能な範囲はほとんど的中って言っても過言じゃあない」
「うそ……」
「本当だ」
蒼勇は、混乱を露わにする私を諭すように続ける。
「真実が銀さんの手に触れ、願いを唱えたあの瞬間、実際何が起きたのかと言うと、真実は銀さんに、掌から魂の一部を抜き取られ、代わりに銀さんの魂の一部を埋め込まれた」
「魂を……?」
蒼勇は頷いた。
「これはまあ諸説あるから断言はできんのだけど、肉体っていうのは、所詮は魂の容れ物に過ぎんって言われとる。常に先に魂があって、それに即した肉体が後から付けられる。だから、魂が変化すれば、それに従って肉体も相応しい形へと変化するんだ」
私が怪異になったことや、蒼勇に鬼が混じっていることなどは、確かに現実離れした信じがたいことだけれども、自分の目で見て、自分の体で感じたことだから、もちろんすんなりとはいかないものの、実感を伴って理解することができた。
だが、魂と言われても、それを目にして感じる機会が全くないため、あまりに実感に欠ける。なんとなく知識としては知っていても、どうにも直感的に理解出来ない。
「そういうもの……なの?」
「まあピンとこんのはわかるけど、取り敢えず聞いてちょ」
「……わかった」
渋々といった感じに頷くと、彼はまたまた馴染みのない、スピリチュアルな話をする。
「真美の魂は、銀さんという怪異の魂を入れられたことで、怪異に、その中でも特に銀さんの魂に近付いた。だから肉体もそれに相応しい形に、すなわち銀さんに限りなく近いものに変化した。銀さんのほうも然りだ。銀さんも真美の魂を取り込んだことで魂が人間に、もちろん真美に近付き、肉体も真美に限りなく近いものへと変化した。そういうわけで、真美はほとんど銀さんになり、銀さんはほとんど真美になった」
「なるほど……。わからん」
「わからんのかい!」
定番のボケに定番のツッコミありがとう。ともあれ、なんとなく手持ち無沙汰に感じてこんなボケをかましてしまったが、これは何も話の内容を全く理解出来なかったからではない。これは、あの感覚に似ている。苦手な教科の授業を受けている時に起きる、絶妙に先生の話が頭に入ってこなくて、本当は暇でないのに暇に感じてしまうあの現象だ。
とは言ったものの、わざわざボケをかました一番の理由は、こうして定期的にボケでも挟んで気を紛らわさないと耐えられないくらい、精神的に追い詰められているからだったりもする。正直、今も不安で胸が張り裂けそうだ。
「ちょっと、一般人にも理解可能な、簡単な説明お願い」
「んん……」
尋ねると、彼は苦しそうに目を瞑って唸りつつ、数秒悩むように考えると、おもむろに目を開けて答えた。
「厳密には間違っとるが、まあ平たく言やあ、二人はほとんど入れ替わった。広く捉えりゃ、真美が一番最初に思いついてすぐ切り捨てた、例のふざけた名前の考察通りだ」
「確かに、聞く限りでは、そうとも言えなくはなさそうだけど……」
「ただ、さっきも言ったように、怪異の常識を知らんけりゃ、魂と肉体の関係なんぞ知りようもないからね、その原理は予想できんくて当然だろ?」
説明された今でさえよくわかっとらんっぽいくらいだしね――そう付け加えて苦笑いを浮かべた。
確かに、魂と肉体については理解出来たような、出来なかったような、どっちとも言えない曖昧な理解に留まった。だから、蒼勇は例の『私達、入れ替わってるぅ!?』説が部分的に合っていると評したが、私にはそれが実際どれだけ現実に起きたことに類似しているのかも判別できない。
私はなんとなく視線を落として、白のワンピースから伸びる、今や見慣れて自分のものだと受け入れ始めてしまった、白くてしなやかな手足を見やる。
「私がほとんど銀さんってどういうこと? 結局、この体は銀さんの体なの?」
「体だけじゃなくて魂もだよ。今の真美はほとんど銀さんそのものだ」
「ほとんど、っていうことは、完全に銀さんではないということ?」
「うん」
「ちょっとは私本来の魂? ていうのかはわからないけど、真美としての部分、みたいなのも残ってるってことだよね?」
「そうだ」
「どうしてわかるの?」
「それは簡単にわかる。一つは真実という人間の意識があるのと、そんで――」
気になったことを片っ端から尋ねていっていたら、蒼勇はまるで平然とした口調で言った。
「――人間の頃の記憶がまだ残っとるのがその証拠」
「えっ……」
喉に何かを詰まらせたような声が漏れた。ゾッとして、背筋が寒くなった。
その発想はなかった。頭の片隅にすらなかった。
「真美の魂が完全に消えて、完全な怪異になったら、人間の頃のことは全て忘れて、怪異になった瞬間からの記憶しか残らん。だから簡単にわかる。いずれどうして怪異になったのかも、自分が人間だった事実も忘れて、生粋の怪異として生きていくことになる」
人間だった頃の記憶が消えるとは――想像しただけでも恐ろしい。
「私はいずれそうなっちゃうの?」
おっかなびっくり尋ねた。
「それはわからん。少なくとも今言えることは、今の真美は人間と怪異が混じっとる中途半端な状態だってこと。不安定な状態とも言える。だから、時間経過とともにどっちかに偏ってって、安定した完全な形に収斂したとしても何ら不思議ではないね」
「じゃあ……、今すぐに記憶が消えるようなことはない?」
「たぶんね」
たぶん、か。きっと蒼勇にもはっきりしたところがわからないからこその推量だろう。だが、それでも、自分の憶測よりは余程信用できる。保証などどこにもないが、他人に、特に蒼勇に言ってもらえるだけで気持ちの面は大いに変わるものだ。少しは不安が拭えた気がする。
冷静さを多少は取り戻した頭で私は尋ねる。
「銀さんのほうは今、どうなっちゃってるの? まさか、私が銀さんの意識を乗っ取っちゃってて、私の魂が消えるまで出てこないみたいなことは、ないよね?」
「ん? 何言っとんだ?」
蒼勇は訝しげな視線を送ってくる。
「二人は同じ原理で入れ替わっとるでな、真実の魂や肉体が銀さんにそれになっても真実の意識がそのままのと同じように、銀さんの意識は、真実のふりをしてる『真実』のほうにあるはずだぞ」
「うそ、本当に!?」
またもや自分を抑えきれずに身を乗り出してしまった。だが興奮も最初だけ。すぐに矛盾に気付いてしまった。
「あれ? でもそれはありえなくない?」
「なんでだ?」
「真実本人じゃなければ、あそこまで完璧に私の真似をするのは無理じゃないの?」
そう。私の中では、『真美』の中身は真美でないと、あそこまで私の振る舞いを再現することは不可能だと結論が出ていた。
しかし、
「いや、出来る」
蒼勇が言うには可能らしい。
「どうして?」
「どうしてかって聞かれると難しいな」
蒼勇は咳払いをする時のような、口に握り拳をあてる仕草をする。
「それは銀さんがそういう存在だからとしか……」
言葉尻に向かうに連れて、口調が段々と曖昧になっていく。自信なさげというより、他に良い説明がないか黙考しようとしているようだった。
そんなのお構いなしに私は前のめりに尋ねる。
「そういうって、どういう?」
「……結構な割合の怪異は、人に化けるのが彼らの専売特許、人に化ける専門家みたいなものなんだ」
だから――と繋げて、彼は言った。
「人は彼らを――化け物って呼ぶ」
私は軽く目を見張ってしまった。単なる言葉遊びにも思えるが、その理屈には妙な説得力があった。
「大抵の怪異は、特定の誰かに成りすますのなんて朝飯前。銀さんもその大抵に含まれるんだとしたら、真美の魂を喰らえばもちろん、何ならたぶん真美に触れた時点で、真美に化けることくらいなら容易くできとったんじゃないかな」
「そうだったのね……。じゃあ、『偽真美』――もとい私になった銀さんは、完全に私に成りすますことができて、かつ銀さんとしての意識も持っている……っていう認識で合ってる?」
「相変わらず慎重だねぇ。……でもまあ合っとる」
「そうか……」
呟いて、私は力を抜くようにゆっくりと吐息をつく。
すると、不意に「ん?」という声が蒼勇のほう聞こえてきて、そちらを見ると、彼は露骨に訝しげな視線を向けてきていた。訝しまれるような心当たりはなく、私のほうこそ怪訝に思って尋ねる。
「どうしたの?」
「なあ、真美」
「何?」
首を傾げると、彼は言った。
「なんでそんな――嬉しそうなんだ?」
ドクンッ、と心臓が跳ね上がった。臓腑が縮み上がったように竦んだ。
「それとも、安心……しとんのか? 安心するにはまだ早いと思うけど……。人間に戻れるかどうかは、まだわかっとらんのだから」
言われ、意に反して目があちこちに泳いでしまう。咄嗟の反応で、私は出任せに言葉を吐いた。
「いやいやいや、まさか、安心だなんて……。そんなはずないでしょ……? 表情が見えないから勘違いしちゃったんじゃないの? あはっ、はは、はははっ」
見苦しい誤魔化しの言葉ばかりが、自分でも驚くほどベラベラと口から出てきた。猿芝居の空笑いを続ける私を見て、蒼勇は眉間にしわが寄るほど力んでいた表情をすっと緩める。私は一瞬疑念が晴れたのかと期待してしまったが、現実はそう甘くなかった。
「やっぱり。始めから違和感があったんだよね」
その表情の変化は、彼の中で疑念が確信へと変わったことを示していた。当然だ。私のこの取り乱しようが、推して知るべき答えのようなものなのだから。
心臓が更に暴れる。私の胸郭の中で、太鼓を叩いているかのように、ドクドクと激しい音が響く。チカチカと白飛びしそうな頭の中で、どうするべきか考えようとしたが、そんな頭ではまともなことは何も思いつかなかった。
そうこうしている間にも、蒼勇はその薄い唇を開いて、それを言おうとする。私はせいぜい固唾を呑んで、神にでも祈るしかなかった。
「真実は本当に――」
「やっほー! おまたせー!」
蒼勇の言葉が核心に到達する寸前――不意に傍から快活な声が掛けられて、言葉が止まった。
私はそっと胸を撫で下ろすことを禁じ得なかった。
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