73.生き物をつかめ!

神宮寺は「生き物を掴む!」ことに成功した。


これは、とっても大事なこと。

かつて、江戸時代の後期に、

「心なおしの道」として「黒住教」を興した黒住宗忠。

「生き物を掴め!」と説く。


それは「全力で今を生き切る」ということだ。

「誠」を尽すことに目覚めたからだ!

「誠」とは信じるに足るものに違いない。

「今を生きる」とは「誠を尽す」ことと同義だからだ!


時間は過ぎていく——。

常今(とこいま)の真理に目覚めなくてはならない。

常に今に生きる!

誠を尽くすのだ!

戻れない「過去」を裁断し、今のこの「瞬間」に生きるしか方法はない。

そうなのだ、「過去」は無いのだ。

未来はアヤフヤなのだ。

過去や未来を考え過ぎると、心の中に不安や心配が広がり、気分もテンションも下がってしまう。


「今、ここに生きる!」

「誠を尽す!」


人生は、単なる「ヒマ潰し」ではなく、


全ての瞬間を自分で「選択して生きていること」を自覚することなのである。

人生は選択の連続。

自分を信じるしか方法はない。


特に自分より「強い相手」と戦う時!頼みとするは「己の武勇」のみである。

つまり、自分を信じるしか方法はない。


あまりにもたくさんの選択を続けてきたので、

選択することに慣れ過ぎてしまっているところが現代人である。

瞬間的に、パッパッと選んで未来への「成功」につなげる。

選択することに今ここに意識を向けることが面倒になり、やがて忘れてしまう。


「一つのことを続けること。ものごとというものは、やればやるだけ上手くなるものだ!」


飽きてしまう!

特に「利口」な人ほどそういうものである。


「生き物を掴め!」

が分かれば、自分の今やることが、浮かび上がってくるのである。


「生き物を掴め!」=「今を生きる!」=「誠を尽くす!」なのである。


では「誠を尽くす!」ほど、全力で「燃え上がる」対象とは、何なのだろうか?


前記したような、「自己決定」がされたものに違いはなく、

それは、山中鹿之介から秘剣「昇龍」を学ぶのではなく、

自分の秘剣「昇龍」を生み出さなければならない!


果たして、自分とは何なのだろうか?

という問題にブチ当たる、

人生とは今日1日のことである。

明日は又違う1日に違いない。

そうなのだ!

「一日一生」に違いない。

さらには「一寸の光陰軽んず、べからず」なのだ!


つまり、僅かな時間でも大切にしなければならない!

これぞ「生き物を掴め!」なのだ。

というより「無心」になるほどものごとに励む。

その瞬間「生き物を掴んだ」のである。

神宮寺は、剣の修業を通してこのことを学んだ。


ただ「無心」になることこれが大事!



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