神楽4


「これは今までに無い事で、主様も我々もどうすれば良いのか分かりませんでした。お嫁様が嫁ぎに来るというのは、そんな中に入った報でした。荒れ始めた地にお嫁様をお迎えするのを申し訳なく思っておりましたが……まさかお姫様が枯れた井戸を甦らせてくださるとは……」

「待って!」



私は栴檀せんだんの話を遮った。



一比古いちびこにも皆にも、さっき散々言ったんだけど、私が甦らせたって確証は無いの。何か別の事が理由かもしれないし、単に時期的なものかもしれないでしょ? 確かに私は、一比古いちびこに頼まれて、故郷の舞を踊った。その最中に不思議な事が起こったけれど、可能性の一つにすぎないのに話を進め過ぎだと思う」



栴檀せんだんは黙って話を聞いていた。



「ここの皆が私を大切にしてくれているのも分かっているし、過去の経緯を聞いたら、期待する気持ちも分かるけど、奇跡だって祭り上げるんじゃなくて、ちゃんと精査しましょう?」



スパッと思いの丈を言い切って、鼻から息を強く吐いた。それを終了の合図と分かったのか、栴檀がまた穏やかに口を開く。




「では、この贈り物はどうですか?」




確かに桐箱の中身ら、巫女が舞う時の装束だ。




「私が察するに、これは舞う為の正装ではありませぬか?」

「……」

「これが祝いの品と一緒に届けられた事を思うと、お姫様ひいさまには舞を続けて頂きたい」



そうして栴檀は、頭を深く下げて懇願した。



「どうか、どうか。助けてください。お力をお貸しください」



そんな風に頭を下げられて、私は面食らってしまいすぐには言葉が出なかった。

 未だ、元の世界へ帰るという希望を捨てていない私にとって、この頼みは受け入れられる物ではない……受け入れてはいけない物だと分かっているけれど……。





「咲耶様、私からもお願い致します」




隣の一比古が私の方へ向き直り、栴檀と同じように頭を下げる。





「私……」





 一向に頭を上げない2人を見ていると、とても不憫に思えてしまって、『出来ない』の一言が言えなかった。






「……お受け致します」





自分の声と思えないような硬い声だった。答えた瞬間から心臓がバクバク言い始めて、耳に心臓があるんじゃないかと錯覚するほど大きな音がしていた。

 一比古は、パッと顔を上げ、対照的に栴檀はゆっくりと上げた。





「!? 咲耶様!」

「有難うございます。有難うございます」




一比古は嬉しそうな声をあげて耳をピンと立て、栴檀はせっかく上げた頭をもう一度深く下げて、噛み締めるようにお礼を言った。





「栴檀、もういいよ。私もまだ未熟な身なので、期待に添えるか心配なんだけれど」

「いいえ、お姫様。受けてくださった、そのお心が有難いのでこざいます」

「あと、お稽古なんだけど……屋敷に稽古場なんて無いですよね?」

「どこの部屋を使って頂きても構いませんが、手狭という様でしたら、神楽殿をお使いください」

「それは……どうなんだろうか」

「咲耶様、稽古は神楽殿でしてはいけないのですか?」




一比古が不思議そうに首を傾げている。




「分からないけど……故郷では神楽殿で稽古をしているのを見た事が無かったから」

「ふむ。お姫様、もし使ってはいけないならば、天から報せが来ます故、今は一番使いやすい形でお使いください。勿論神楽殿でなく、屋敷の中を使って頂いても大丈夫ですから」

「分かりました。ありがとう」




 話に区切りがつくと、一比古が広げた桐箱を丁寧に片付けて抱える。




「栴檀殿、これはお姫様のお部屋にお持ちしてしまってよろしいですか?」

「ああ。主様には、私の方から伝えよう」

「では、失礼致します」

「あの、栴檀」

「なんでしょう? お姫様」

「主様は、いつ戻られるの?」

じきに」

「そうですか……」



部屋を出ていく一比古に続いて、私も部屋を出た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る