神楽3



「おかえりなさいませ、お姫様ひいさま

「ただいま」

一比古いちびこ、外で何かあったのか?木々が次々に花をつけたぞ。つい2月前に花が落ちたばかりだというのに」




突然花が咲くのは私達も神楽殿の方で見ていたが、屋敷の方にまで及んでいたらしい。妖怪達は、やや興奮気味に騒ぎ立てる。




「先ほど、紫蘭しらんが西の枯れ井戸が復活したと言って、血相変えて戻って来たのだ」

「え!? 西の枯れ井戸が!?」



隣の一比古が毛を逆立てた。私は枯れた井戸の事など知らないのだが、枯れた井戸が復活は、凄い事だという事は分かる。




「あれはもう、随分前にダメになってしまったのに」

「そうだろう。だから大騒ぎなのだ」

「復活って、本当に? 水が湧いてきたと?」

紫蘭しらんはそう言う。とにかく状況も掴めぬから、栴檀せんだん胡蝶こちょうが、紫蘭に付いて見に行きおった」

「本当に枯れた井戸が蘇ったのだとしたら……」

「奇跡じゃな……」

「…………」




その瞬間、誰もが口をつぐんで、沈黙が流れた。私は、なんとも居心地悪く立っていただけだが、他の皆は、何かを噛み締めて、整理をつけているように見えた。暫くして、一比古が私を振り返り、わなわなと震えながら、私の手をぎゅっと握って言った。




「お、お姫様……! お姫様……まさか!」

「ま……まさかぁ……」




一比古の言わんとしている事が分かって、私も苦笑いで返すが、一比古は目をキラキラとさせて、何かを確信している様子だった。





「なんですか? 何が『まさか』なのですか?」

「何か、あったのですか?」

「何か、知っておられるのですか?」





私達のやりとりに他の妖怪達も詰め寄る。一比古は、一歩前へ出ると、やや興奮気味な声で話す。





「先ほど、私とお姫様は、神楽殿におりました。そこで、お姫様が『神楽』という舞を見せてくださったのです。お姫様が『神楽』を舞い始めると、周囲の草木が育ち、次々に花が咲くのを見ました!」

「なんと……!」

「一比古は、お姫様のお力ではと思っております」



一比古が調子良く盛り上げちゃうものだから、私が慌てて割って入る。




「いや、そんなはずないって。元の世界にいた時の話の延長で、踊っただけだし、装束も無しで、振りもうろ覚えだったし。神様からしたら、寧ろ不敬だったんじゃないかって心配なレベルだよ。たとえ『神楽』がそういう物だったとしても、こんな適当な事では、絶対発動しないよ」

「いいえ、お姫様! これが偶然だというならば、出来過ぎでございます!」



一比古は、鼻息荒く言いきった。



「西の井戸が枯れて、かれこれ数十年になります。これまで何の手立てもなく、枯れた水源が甦るなんて、一度も起こった事が無いのです。それがお姫様がいらして、彼方側の文化を持ち込んだ途端、このような奇跡が起きたのですよ?」

「つまり……お姫様は、神通力をお持ちという事か……?」

「じ!?」


“神通力だって!?”




このままでは、どんどん話が大きくなっていってしまう。ここの妖怪達の人の話を聞かない性質からしても、由々しき事態だった。これ以上、話が大きくならないように弁明しようと試みる。





「皆、一旦落ち着きましょう! 真実は分からないんだから!」

「流石は天より選ばれた奥方様だ。神通力をお持ちとは」

「だから! そうじゃなくてね……」

「枯れ地が生まれ始めた時は、どうしたものかと途方に暮れたが、本当に良かった」

「だからね、ちゃんとした舞じゃなかったんだってば。ただの人間に、そんな力は無いんだよ」

「ただの人間ではございません」






ピシャリと私の言葉を否定した声は、すぐ背後うしろから聞こえた。






「お姫様は、我々の主様の奥方様。ただの人間ではありません」

栴檀せんだん

「話は大体聞いていた。くだんの枯れ井戸だが、確かに復活していた」

「わぁ! 良かった!」

「これで水の心配をせずとも良いな」

「枯れ地にも緑が戻るかもしらん」

「畑がダメにならずに済む」





口々に言って、喜ぶ妖怪達の間を栴檀は進んで行き、玄関へ上がると妖怪達に言った。




「こんな所に集まっていては、お姫様が上がれぬではないか。空けなさい」




栴檀の一声で、妖達は割れていき玄関の上がりまでの道が開く。これはこれで気まずいが、せっかく空けてくれたのだ。そそくさと下駄を脱いで家の中へ上がる。




「さぁ、井戸も復活したと確認が取れた。仕事に戻ろうではないか。伸びすぎた草も刈らねばな……」

「栴檀や、それは私が刈ってこよう」

「私も刈って参ります」

「ありがとう。二人では大変だ。あと何人かとやりなさい。なかなか終わらないだろう。私も手が空いたら、手伝いに行こう」

「栴檀殿、畑の様子を見て参ります」

「そうしてくれ」

「ではお姫様、失礼致します」



玄関に集まっていた妖怪達が、次々私に会釈をして散っていく。





「あ、草刈りなら私も手伝う」

「お姫様は、こちらに」





外へと出ていく妖怪達について行こうとしたら、栴檀に呼び止められてしまった。



 『栴檀せんだん』と呼ばれている、この妖怪とは、この数日間に事務的な会話を何回かした事がある。彼は、主様の留守を預かっているらしく、主様不在の今、他の妖怪達は、困った事があると、栴檀に指示を仰いでいるらしい。栴檀は、翁の面を被った禿げちゃびんの妖で、私と同じくらいの背丈だ。

 栴檀について行った部屋に一比古いちびこと入ると、栴檀は真っ直ぐ押し入れに向かい、中から桐で作られた箱を持って戻ってくる。






「座布団もなく申し訳ありませんが、お座り下さい」





促されるまま、正座する。栴檀も私達の向かいに座り、桐の箱を前に置く。





「お姫様に見て頂きたいものがございます」




そう言って木箱を開けると、中には、たとう紙に包まれた白装束と緋色の袴が入っていた。






「これ……」

「主様の元へお姫様が嫁いでいらっしゃるという一報と一緒に届けられた物です。主様がご不在の状況でお渡しするのは、気が引けますが……」

「咲耶様、これは神楽を舞うためのものですか?」

「うん……。実家にあったのと同じ……だと思う」

「ここ、桜桃の郷について、お姫様はどこまで知っておられるか?」

「栴檀殿、まだ殆んどご説明させて頂いておりません。主様から、ここの生活に慣れるまでは、何かを教えようなど考えるなと言伝をいただいております」

「なるほど。しかし、今日はお話しさせていただきます。お姫様、桜桃がこの世の中でも少々、特殊な場所というのは、ご存知か?」

「はい。それは一比古から少しだけ。神様の世に近い的な事を」

「なるほど。当たらずとも遠からず。人の世にも妖の世にも、天と親交をもつ場所というのがありますね。桜桃の郷の他にも天から命を受けて、それぞれの領地を治めています。治めると言っても、政のようなものではなく、森や山や川を世話しているわけです。枯れたり、荒れたりしないように。それがここ200年くらい前から少しずつ、井戸や川が枯れたり、じわじわと山や森が荒れ始めたのです」



『枯れ井戸』は、さっき玄関で騒ぎになっていたやつか。

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