第29話 同じ男を好きになった者たち

 タクトと同じ部屋に泊まり、同じベッドで寝る。

 それはアミーリアにとって、一大イベントである。

 三百年生きてきて、初めての恋。

 その相手は、どんなに好き好きアピールしても伝わらない鈍感野郎だった。

 もちろんアミーリアのアピールが下手くそというのもある。

 しかし、それにしても、もう少し察してくれてもいいのに、と思わずにいられない。


 だが、それも今日までだ。

 言葉で伝わらないなら、肉体で伝える。

 問答無用。

 寝込みを襲う。

 一線を越える。

 リスナーのみんなも応援してくれている。

 怖じ気づいたりなんかしない。いや、自分の性格から考えて、いざ行為に及ぼうとした瞬間、ああだこうだと言い訳を思いつく気がするが、それでもやるのだという決意を固める。


 しかし、計画は全てご破算になった。

 タクトと二人っきりなのが大前提。

 なのに今、ホテルの部屋の床に、光のロープで縛られてイモムシみたいになった女がいる。

 まあ、縛ったのはアミーリア自身で、この部屋に連れてくると提案したのもアミーリアなのだけれど。


 せっかくのお泊まり中に突撃してきたのも、襲い掛かってきたのも、まるで好感が持てない。

 けれど、タクトを好きだというのだけは、激しく伝わってきた。どうしようもなく共感してしまう。

 タクトに容赦なく『恋愛感情はない』と切り捨てられているところなど、他人事ながら、胸が締め付けられる思いだった。


 共感できるから許す、というわけではない。

 許せるわけがない。

 このアスカという女がいなければ、計画を実行に移せた。

 タクトの寝顔を満足するまで存分に見てから、次にズボンを下げて満足するまで見たり触ったりして……いや、無理だ。想像しただけで血液が沸騰しそうになる。

 こうして横で寝ているタクトをチラリと見るだけで、鼻血が出そうなほどだ。


 結局、アスカが来ても来なくても、自分はなにもできなかった。

 アミーリアはそう確信する。


 だからこそ人目をはばからずに「好き」と叫んだアスカに興味がある。もはや尊敬に近い感情さえある。


「アスカさん、アスカさん。起きてください。話したいことがあります」


「……ふが? ふがふが!」


「騒がないでください。大声を出したり暴れたりしたら、タクトさんにますます嫌われますよ」


「……ふがぁ」


「それじゃ拘束を解除します。ここじゃなんですから、ホテルの外に行きましょう」


 光の拘束を外すと、アスカは疑わしげに睨んでくる。だが寝ているタクトを起こしたくないからか、文句を言わず、黙ってアミーリアに着いてきた。


「で? なに? トドメ刺すの? 拓斗さんがいないから魔女の本性出すの?」


「あなたを殺したところで、私はなにも得しません。本当に、お話をしたいだけです。タクトさんの話をしましょう」


「はあ? どうして私が魔女と拓斗さんの話しなきゃいけないのよ」


「アスカさんはダンジョンで助けてもらって、それでタクトさんを好きになったんですよね?」


「……そうだけど」


「私も似たような感じです。私はあのまま塔に引きこもって、誰とも関わらないで死ぬのを待つんだと思っていました。なのにタクトさんがいきなり来て、私を青森県まで連れて来てくれました。おかげで色んな人と知り合って、色んなものを見て、こうしてアスカさんとお喋りもしています」


「……知ってる。ずっと配信見てたから。拓斗さん、強くて、優しかった。私以外にも優しかった。別にあなたにだけ優しいわけじゃない。拓斗さんが自分のものだなんて勘違いしないでよね!」


「知ってます。私だって見てましたから。タクトさんは私なんかを特別扱いしてません。だからこそタクトさんは素敵なんです」


「…………それは分かる。私は最初から拓斗さんが好きだった。けど、あなたと一緒にいる拓斗さんを見てると、もっと好きになった。あなた、なんなのよ。強すぎるからって迫害されて、それでも人間を殺したくないから塔に閉じこもる魔女って。重すぎでしょ。その壁を簡単に壊す拓斗さん、格好良すぎでしょ」


「ですよね! 格好いいですよね!」


「あんなに強くて格好いいのに。恋愛にはまるで自信がなくて。リスナーから突っ込まれまくっても『アミーリアさんが俺を好きなわけない』『ちょっと距離が近いからって勘違いしたら痛い目を見る』って」


「え! そんなこと言ってたんですか!? 伝わらないと思ってましたけど、そこまで頑固に思い詰めてるなんて……でも、なんだか可愛いです」


「そう! 可愛いのよ!」


「可愛いと言えば、お風呂上がりのタクトさんも可愛いですよ。色っぽいし」


「分かる! 配信で見た! 碇ヶ関だっけ? 温泉上がりの拓斗さん……水も滴るいい男とはあのことね……」


「それとですね。風呂上がりはいい匂いもするんですよ」


「マジで!? くっ……今日だってシャワー浴びてたはずなのに、あなたに縛られてたから匂い分からなかった……」


「あはは。それはまあ、次の機会ということで……」


「…………あなたと一緒にいる拓斗さんを見てると、好きが膨らんでいくの。こうやって拓斗さんの話をしててもそう。だからこそ思う。動画の中で、拓斗さんの隣にいるのがどうして私じゃないんだろうって。先に出会ったのは私なのに」


「アスカさん……」


「分かってる。私が言ってることはただの嫉妬よ。別にあなたが悪いわけじゃない。だけど、自分で自分を抑えられないの!」


「ええ、まあ……嫉妬、でしょうね。そこは客観的にも否定しようがありません。だって、私がアスカさんの立場だったら、絶対に激しく嫉妬していますから。私がタクトさんに助けられて、そのあとタクトさんが別の女性と仲良くなって、その様子を配信されたら……見なきゃいいのに、目を離せなくて。想像するだけで、頭が変になりそうです」


「……そんな優しいこと言わないでよ。甘えちゃうじゃないの。私、あなたを殺そうとしたのに!」


「ふふん。私は三百年も人間に迫害された塔の魔女ですよ。本物の殺気かどうか、目を見れば分かります。アスカさんからは殺気を感じませんでした。あんなの、ちょっとしたヒステリーですよ。私だって薬の調合が上手くいかなかったら、あんな感じで枕を壁に投げたりします」


「あなた……本当にいい人ね。ううん、いい人なのは配信で分かってた。どうしようもないくらいメインヒロインって感じ。だからこそ悔しかった」


「実は私も一つ、アスカさんに対して嫉妬していることがあるんですよ」


「え?」


「一人で県境の瘴気を越えてきたんでしょう? タクトさんに会いたい一心で。本当に凄いと思います。私はタクトさんが隣にいて、ずっと励ましてくれたから……なんとかギリギリ青森県に来ることができました。一人だったらくじけていたと思います。だから、一人でやりとげたアスカさんは、本当に凄いと思います」


「あれは無我夢中で……まあ、そう言ってもらえると悪い気はしないけど……実は一回、瘴気の中で動けなくなって、死を覚悟したんだよね。けれど拓斗チャンネルを見たら、あなたと拓斗さんが手を繋ぐところが実況配信されてて。それで腹が立って、無我夢中で突っ走ったの」


「あ、あれですか! そうですよね、あれも配信したんですよね……うぅ、今更ながら恥ずかしくなってきました」


「本当に今更ね。まあ、二人のイチャイチャ手繋ぎ配信のおかげで私は生き延びたんだから、ある意味、一人じゃなかった、みたいな?」


「そうですか……じゃあ、私が恥ずかしい思いしたのは無駄じゃないんですね……ところでタクトさんと直接関係してるわけではありませんが、どうして太平洋側の南部地方に? 配信を見ていれば、タクトさんの実家が日本海側の津軽地方なのは分かりますよね?」


「う、それは……青森県に入っちゃえばどうにでもなると思って。だったら秋田側に曲がるより、岩手県を北上したほうが早いと思って。東北自動車道を真っ直ぐ来たのよ。仙台過ぎたら青森県なんてすぐだと思ってたのに、いくら運転してもつかないし! 岩手県って長すぎない!?」


「私にそんなこと言われても……」


「やっと岩手県が終わったと思ったら、瘴気のせいか県境で車が動かなくなるし。仕方ないから歩いて……やっと青森県についたと思ったら、今度はスマホのバッテリーが切れて、道が分からなくて。ダンジョンじゃないのにモンスターが出てくるし。逃げ回ってたら、自分がどこにいるのか全然分からなくなって。それで……悪いとは思ったけど、自販機のコンセントを抜いてスマホを充電したら、拓斗ちゃんねるの配信が始まって。すぐ近くにいると分かったうえに、拓斗さんとあなたが同じ部屋に泊まるとか言ってて……それで頭に血が上って……」


「聞けば聞くほど、自分に置き換えたら辛い感じになってきました……なんというか、ごめんなさい」


「なんでアミーリアさんが謝るの!? 一方的に私が悪いから! ごめんなさい!」


「いえ、しかし……」


「しかしもなにも」


 女二人、静かな星空の下で、ひたすら謝り合う。

 それが妙におかしくて、アミーリアは笑ってしまった。すると明日香も釣られるように笑った。


「分かった。もう謝らない。そのうち、なんか奢るからそれでチャラってことで」


「分かりました。楽しみにしていますね」


「でも、拓斗さんには許してもらってないから、明日、ちゃんと謝らないと。あとホテルの人にも……」


「タクトさんは許してくれると思いますけど、ホテルの人は……陸奥湾ホタテのエサにされないよう頑張ってください……」

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