第7話 魔女の名前はアミーリア

「俺の名前は星野拓斗。名が拓斗で、苗字が星野」


「タクトさん、ですか。私はアミーリア。苗字はありません」


「単刀直入に言う。俺は地球という星から来た。おそらく、この世界じゃない。地球に帰るには、世界を移動する必要がある。アミーリアさんを三百年生きる魔女と見込んで聞く。世界を越える魔法に心当たりはないか?」


「別の世界……それでようやく納得しました。明らかに人間の強さじゃなかったので。まさに世界が違う強さ……とても勉強になりました」


〝誤解しないでよ。俺らの世界の水準でも拓斗さんはおかしいから〟

〝むしろ魔女ちゃんだって俺らからはメッチャ強く見えるし〟

〝ひたすら拓斗さんがおかしいだけ〟


「確かに私は三百年ほど生きています。正確な数字は数えていないので分かりません」


「噂通り、かなり長生きしてるんだな」


「人間の血が混じっていない、純粋な魔女ですから」


「ん? 魔法が強い女性だから魔女って呼ばれてるんじゃなくて、魔女という種族なのか?」


「はい。見た目が似ているだけで、別の生き物です。似ているのに違う。人間は魔女に決して敵わない。だからこそ人間たちは魔女を恐れるのです。タクトさんは違うみたいですけど……」


「地球に魔女という種族はいなかったからな。魔法が得意な女性を魔女と呼ぶことはあったけど」


「なるほど。世界が違うと、生物の有り様からして違うんですね」


「なんというか……済まなかった。この世界でアミーリアさんは最強格だったろうに、俺みたいな通りすがりの異世界人と戦う羽目になって……俺に負けたからって落ち込まないで欲しい。ノーカウントというか、階級が違うというか……とにかく対等な勝負じゃなかったんだ。なにせ生まれ育った世界が違うんだから」


「ふふ。そんなの気にしてないですよ。自分の強さにプライドなんかありませんし。むしろ人間より強いこの体が嫌いでしたから」


「そうなのか?」


「はい。だって魔女というだけで、みんなが私を恐怖しました。殺そうとしてくる人も大勢いました。私はそういった人たちから逃げたり、ときには反撃して。もう疲れちゃって……だからこの塔に引きこもって、誰とも会わないようにしていたんです。この塔は危険なダンジョンで、支配しているのも危険な魔女。その噂が流れても、魔女を倒して名を上げようとする人たちがたまに来ましたが……見せしめに殺しました。それを何十年と繰り返したおかげで、人が来るのは十数年に一回くらいになりました。おかげで私は快適に惰眠をむさぼれるというわけです」


「そうか……アミーリアさん、優しいんだな」


「ど、どうしてそんな結論になったんですか? 私はただ自分の生活を守るために戦ったり、塔の防衛力を強化していただけですけど……」


「だってアミーリアさん。この世界の人間なら楽勝で倒せるんだろ? だったら襲ってくる奴なんて片っ端から殺せばいいんだ。なのにアミーリアさんは、できるだけ人間を殺さないように、人間を遠ざけているように聞こえる。こんな塔に引きこもって、ずっと一人で過ごしてきたんだろ? 他人に興味がないってわけでもなさそうだ。現に俺と饒舌に喋ってる。人間を無駄に殺したくないからって、長い間、孤独に耐えてきた。違うか?」


「……深読みしすぎです。私はただ……平穏な生活をしたかっただけです。まあ、町で暮らしたほうが便利なので、昔はそうしてましたけど? 石を投げてくる人とか無視すればいいわけですし? 死にたくないので、襲い掛かってくる相手にはさすがに反撃しますけど? けれど……人間って弱すぎます。私はなにもしてないのに、勝手に魔力の差を感じ取って、怯えて、魔女だ魔女だって騒いで。それで、ちょっと小突いただけで死んじゃうんです。私はただ自分を守りたかっただけで、命まで奪おうなんて思ってなかったのに! 私は人間が怖いです! なんであんな簡単に死ぬんですか! 人間のそばにいると、蟻と象の気分になります。気づかずに踏み潰してるんですよ。こっちは踏みたくないのに!」


〝アミーリアたん……〟

〝自分の身を守りつつ、人間を殺さないために、人里離れた塔に一人で住んでたんだ……〟

〝想像してみると辛いな。自分と似たような姿で、意思疎通もできるけど、ちょっと小突いただけで死ぬ生き物がワラワラといたら……〟

〝つまり蚊とか蠅が次々と湧いてきて、殺すたびに人語で断末魔あげたり、恨み言を呟いたりするような感じか〟

〝端的に地獄じゃん〟


「俺にはアミーリアさんのこれまでを、想像することしかできない。分かる、なんて言えない。けれど、これだけは言わせてくれ。俺はアミーリアさんより強い。蟻のように踏み潰されない。気軽に小突いてくれ。気遣わなくていい。対等な相手として、なんでも言ってくれていいし、ムカついたら殴ってもいい。俺は人間だけど、そういう相手だ」


「タクトさん……ええっと、タクトさんって何歳ですか?」


「十八歳だ。もうすぐ十九歳になるけど」


「超年下じゃないですか。なのにタクトさんに甘えたくて仕方ありません。どうしてくれるんですか、もう!」


「どうしてくれるって……上から目線で恐縮だけど、アミーリアさんになにされても俺は死なないから。まあ、好きなようにしてくれていいよ」


「じゃあ、取りあえず抱きつきます! 私の魔力に怯えて逃げたりしませんよね! むぎゅ!」


〝アミーリアたんが拓斗さんに抱きついた!〟

〝すげぇ魔法の応酬で気づかなかったけどアミーリアたん、なかなか立派な胸をお持ちだな〟

〝おっぱい! おっぱい! おっぱい!〟


「えっと……俺も男だから……異性に抱きつかれると困るというか、意識するというか……」


「ご、ごめんなさい! 誰かと触れ合う機会なんかなくて……これを逃すともう二度とないかもですし……」


「ふと思ったんだけど。塔に引きこもるのをやめて、俺と一緒に来ればいいんじゃないか?」


「え?」

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