置き去りにされたもの
羽入 満月
心だけを置き去りにして
あなたが隣で呟いた言葉を、今でも私は覚えてる。
あなたが僕に突き立てた言葉を、僕は全部覚えてる。
「いつまで過去ばかり振り返っているの?ダメよ。前を向かなくちゃ」
その言葉まるで夜を照らす優しい月のように、いつまで私の耳に残ってる。
僕を慰めるはずの立場のあなたは、胸を張って僕に進めと急き立てた。
私はどれだけ苦しみを抱いてもただあなたの隣にいたかった。
だから前を向かなくちゃいけなかったの。
僕だって馬鹿じゃないからね、なくしたものを探すよりも、落とした涙の数を数えるよりも、それが良いことだと言うことはわかってる。
でも、あなたに私の声が届かなかった。
僕を励ますあなたの言葉は、僕に鎖を巻き付けて海の底へと落としていく。
どれだけ声を枯らして叫んだって、あなたは私を見てくないの。
僕だって下ばかり向いていたくないけど、やっぱり空は眩しすぎて見上げることができそうにない。
私の声はまるで水の中を漂う泡のように音もなく静かに消えていくのだ。
それでもただ、ただ叫び続ける事しかできなかった。たとえ、あなたに届かなくても。
『この世界が幻だったら、これが蝶々の夢だったら』
いくら願ってみたってその願いは幻でしかないことを僕は知ってる。
何百回叫んだって、何千回叫んだって、何万回叫んだって、私の声が届くことはないだろう。
それでも私が叫ぶのは、あなたが一度でも振りかえってくれたなら、私の気持ちが届くと信じていたから。
いくら悲しそうな顔をされて、心配を口にされたって僕は力なく笑い返すことしかできない。
僕が立っているこの場所は、僕が一人しかいないから、いくら口出しされたって思い通りには動いてあげない。
同じ世界で同じ風景を見ていたはずなのに、私はあなたの隣に立つことができなかった。
二度と戻らない穏やかな幸せは、泡とともに消えていくのだろう。
いくら近くにいたって、手のひらを合わせても僕たちの世界は繋がらない。
繋がらない世界にいくら希望を持ったとしても、いくら期待を持ったとしても、悲しみすらも行き交わないから。
私はそれでも前へ進む。
それが残された道標だから。
僕の世界を知りたかったら、僕の所まで落ちてきて。
それが僕に残った道だから。
置き去りにされたもの 羽入 満月 @saika12
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