03.二人の距離を近づけてみて
最初は、「自分の姿がグレアムのものになってしまった」のかと思ったのだ。
だが、フェイのポケットの中にあるべきものがフェイの姿をしたグレアムの制服の中から見つかったので、「姿が変わってしまったわけではない」らしい。
「つまり俺たちは体が入れ替わっている、ということか?」
フェイの姿をしたグレアムが仏頂面のまま確認する。
ひとしきり騒いだあと、フェイとグレアムは実験室の隣にある事務室という名前の物置に通され(実験室はそれでなくても足の踏み場がないのに、さっきの爆発事故でさらにひどいことになってしまったため)、話し合いの結果、その結論に達した。
「だと思うよ。ああそえいえばグレアム、フェイちゃんはお昼がまだなんだ。空腹を感じない?」
「……そういえば、そうだなぁ」
エレンの言葉にフェイの姿をしたグレアム(以下、グレアム)がおなかを撫でた瞬間、ぐう、とおなかが鳴った。
「ちょっと! 副団長! 私の体を勝手に触らないでください! セクハラですよ!」
その様子にグレアムの姿をしたフェイ(以下、フェイ)が叫ぶ。
「無茶を言うなよ……それじゃあ用足しにも行けないじゃないか」
「あああああ! 用足し……ッ」
フェイが頭を抱えて叫ぶ。
そうだ、中身が入れ替わっていても体はいつも通りなので、おなかもすくしトイレにも行きたくなる。
「それはおまえも同じことだがな。俺の体を触らずに用は足せないし」
「ぎゃああああああっ」
フェイは、今度は顔を覆って叫んだ。
ちょっと想像してしまった。
「見た目とリアクションが逆だから、おもしろいねえ」
二人の様子を見ながらエレンがニヤニヤする。
「おもしろくないです――――!」
「グレアムの顔でその口調、なんかこう、じわじわ来る……ッ」
「楽しんでないで、一刻も早く元に戻してください! このままじゃおトイレにも行けない~~~~」
「そもそも、おまえ、どういう実験をしようとしていたんだ?」
半狂乱になるフェイを尻目に、冷静な口調でグレアムが聞く。
「人の魔力を取り出して、他人に定着させられるかという実験のための薬を開発中だったのさ」
「人の魔力……?」
「僕たちが一気に魔力を使うと、消耗して動けなくなるだろう? 特に君たち騎士は魔物狩りの際の魔力枯渇にはかなり注意を払っているはずだ。それでも、ピンチに陥ることはある」
「そうだな」
「使いすぎると命にも関わる。これはずっと前からの懸念材料だった。それでなくても年々魔力が強い人間は減っていってるんだ、今いる人材を有効活用するためにも、魔力切れ問題なんとかしろという王命が来ていてね。たとえば、自分の魔力を何かにちょっとだけ移しておいて、枯渇した時にそれを自分に戻せたら、と思ったんだ」
「なるほど」
「で。その実験の第一段階として、まずは、誰かの――今回は僕の――魔力を取り出して、人造の魔法石に定着させられないだろうか、という実験を始めていたわけさ。その移植先の石のベースを作っていたところにグレアムが乱入して、爆発四散」
「そんなおそろしい実験にうちの事務官を付き合わせたのか」
グレアムがエレンを睨む。
「だって。実験で発生する魔力にひっくり返らないのは、とにかく鈍いフェイちゃんしかいないんだもん」
「貴様には絶対リベリスは渡さん」
「ヒュー♪ 独占欲丸出し! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「やかましい!」
エレンの冷やかしに我慢の緒が切れたらしいグレアムが、ガッとエレンの胸倉をつかんだ。
その途端、エレンがグレアムの肩に手を置き、チューと唇を尖らせる。
グレアムがぎょっと目を見開く。
「ああ―――ッ、やめてくださいぃぃぃっ」
フェイは慌てて二人の間に入って引き裂いた。
どさくさにまぎれてなんたる破廉恥行為に及ぼうとしていたのか、この男は!
エレンは絶世の美形だが中身がコレなので、異性への憧れはまったく持っていない。
「エレン様の実験内容なんてどうでもいいです。元に戻してください!」
涙目でエレンを睨むと、「その顔でその表情、グッとくるぅ」とトチ狂ったことを言いだす。殴り倒してやろうか。今ならできる。この体はグレアムのものだからだ。
フェイがグッとこぶしを握り締めた時だった。
突然グレアムがフェイの腰に佩いている剣を抜くと、その剣先をエレンの喉元に突きつける。
うわああ、と叫び声をあげてエレンが床に尻もちをつく。
「いつまでふざけているつもりだ、エレン・シルベスター。俺はおまえのまわりの連中と違って容赦はしないぞ。腕の一本くらいなくなっても、問題ないよなぁ?」
「幼稚園で人に刃物を向けたらダメだって習わなかったのか、おまえは!」
「リベリスを危険な目には遭わせない、それが約束だったはずだ。どうしても魔力耐性が高いリベリスを借りたいとおまえが頼むから、時間を決めて貸してやっていたのに、最近はそれも守れなくなってきている。さらに、一番重要な約束まで違えた」
ダン、と右足でエレンの肩を蹴って倒れこんだエレンのその肩を踏みつけ、真上から剣を構える。
「わーっ、待った待った! 悪ノリしすぎたことは謝る! まずは落ち着こう、その剣をしまおう! 本物だろうが、それ!」
「当たり前だろ、俺は騎士だ」
そう言ってグレアムが剣を下ろして足をどけると、ふうう、と息を吐きながらエレンが床に座り直した。
「……おまえの体、筋力がなさ過ぎるな。ちょっと力を入れたらプルプルしだしたぞ」
グレアムがほら、と剣を差し出してくる。フェイはそれを受け取ると、慣れた手つきで鞘にしまった。
剣なんて扱ったことがないのに、考えるまでもなくできてしまう。
――この体が覚えていることは、自然にできるのね。
フェイはまじまじと自分の……グレアムの手を見つめた。
大きくて筋張った手だ。手のひらにいくつものタコができている。それだけ、この体は剣を振るっているということなのだろう。
「まず二人に起きていることだけど、魔力の定着のための魔法が暴走して、二人の魂が入れ替わって本来の持ち主じゃない体に定着してしまっているんだと思う。本来、魂と肉体というのは強く結びついていて、別々になることなんてないんだ」
「理屈はいい。元に戻るのか、戻るとしたらいつなのか」
グレアムがにべもなく言う。
「元には戻る。なぜならさっきの魔法薬は試験的に作ったもので、完成品じゃないし、そもそも量が少ない。魔法石の力が抜けていけば必ず元には戻る。けど、少し時間はかかると思う」
「少し? どれくらいだ」
「使った魔法石の量から考えるに、魔力が無効化するのに十日くらいってところかな」
「十日も入れ替わったままなんて、無理だわ!」
叫んだのはフェイだった。
「副団長に私の体のお世話をしてもらうなんて、もうお嫁にいけない……」
さすがに十日間もトイレを我慢するのは無理だ。
「俺も十日は無理だ。ほかにないのか」
「もうひとつ、これなら元に戻れるかもという方法があるには、ある」
「あるのか。もったいぶらずに教えろ」
「さっき、僕は本来、魂と肉体というのは強く結びついていて、別々になることなんてない、と言ったよね。つまり魂と肉体は引き合うはずなんだよ。だから二人の距離が近づけば、元に戻れるかも」
よっこらしょと立ち上がるエレンの言葉に、グレアムとフェイはお互い見つめあった。
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