4話:衝動 ~吾輩は浮竹である~

「――君ッ、いっ君!!」


(ん……この声は……あー子?)


 その日、一ノ瀬いちのせ生馬いくまは二度目の目覚めを迎えた。

 最愛の彼女“だった”相生あいおい亜子あこの声で目覚めた彼は、瞼を開ける前に己が状況を理解する。


(そうだ、ラブホに入ったあー子を追って、自販機にぶつかって……)


 情けない。

 己の不甲斐なさと悔しさに身を焦がしつつ、ゆっくり開けた瞳には半泣きの亜子あこが映る。

 その背後には世界を茜色に染める夕日が顔を出し、それはつまり、生馬いくまが1時間以上気絶していたことを示していた。


(……クソッ)


 1時間以上、亜子あこは知らない男とラブホにいた。

 その意味がわからない筈も無い生馬いくまは、自分の身を起こす彼女の手をバシッと振り払う。


「触るな!! 俺を裏切った癖に……ッ」


「裏切る? 何の話? それよりいっ君、額から血が出てるよ。消毒しないと」


「辞めろッ、今更俺に優しくするな。俺じゃない男とラブホに入ったくせに……ッ!!」


「えッ……見てたの?」


 驚愕に目を見開く亜子あこ

 生馬いくまにとって、その反応が何よりも尖ったナイフとなる。


 幼馴染みだった亜子あこが、恋人同士になったばかりの亜子あこが、自分を裏切り、他の男に抱かれたのだ。

 真相を求めた彼が誰よりも傷付き、涙と共に今まで感じることの無かった衝動が芽生えた――その時。



「なぁ一ノいちのせ、その男ってさー、もしかして私のこと?」



「あ?」


 不意に届いた第三者の声。

 今まで亜子あこのことしか目に入っていなかったが、少し横に目を逸らすと、いた。


 亜子とラブホに入った執事服のイケメンかと思ったら、違う。

 そこに居たのは執事服の男ではなく、紙袋を手にしたパンツスタイルの長身女性で、しかも、同じクラスメイトの――


「……浮竹うきたけ?」



*次話、最終話です。

 短い物語ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

(なるべく明日の早い時間に投稿します)

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