3話:絶望 ~人間も歩けば自販機に当たる~

(何で……あー子、どうして……)


 その日、一ノ瀬いちのせ生馬いくまは絶望した。

 

 隣町から家路に着く途中で。

 最愛の彼女である相生あいおい亜子あこが、自分とのデートを断った彼女が、見知らぬ男と手を繋いで歩いていたのだ。

 何故か執事服を着た長身のイケメンと、まるで恋人のように手を繋ぎながら、ニコニコと楽し気に笑いながら――ホテル街へと向かって。


(え? おい、嘘だろ……そっちは……ラブホは駄目だろ)


 自販機で身体を隠しつつ、二人の向かう先を察する生馬いくま

 まだ経験は無いとはいえ、男女がラブホテルへと入る目的を知らない筈も無い。

 亜子あこと正式な恋人同士になった今、近い将来に彼女と自分がそういう関係になるだろうと、そう思っていた矢先にコレ。



 “裏切られた”。



 幼馴染みの彼女に。

 最愛の彼女に裏切られたのだ。


 ぐしゃりと、亜子あこに買ったプレゼントを握り潰し。

 ギリリッと、生馬いくまは歯を食いしばる。

 

 そんな彼の視界で、彼の視線に気付かぬ亜子あこがラブホテルの前で脚を止める。

 そんな彼女の手を、イケメンの男が優しく手を引いてラブホテルの中へと連れてゆく。


 最愛の彼女:亜子あこに、嫌がる素振りは見えない。

 それが何よりも悔しく、何よりも悲しく――同時に、何よりも腹が立った。

 

「ぶっ飛ばしてやる……ッ!!」


 最愛の彼女を?

 それとも、そんな彼女をたぶらかしたイケメンを?


 わからない。

 今の生馬いくまなら、憎悪の化身となった今の彼ならどちらもあり得る。


 とにかく彼は、ぶん殴らなければ気が済まなかった。

 後で警察沙汰になったって構わない。

 とにかく、二人が“そういう行為”を行う前に、部屋へ乱入してぶん殴る。


 そう心に決めて。

 いざ足を踏み出した生馬いくまは――ガンッ。


 脚が絡み、自販機に頭をぶつけ、そのまま気を失った。

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