呼ぶ首 序

 僕が住む町は歴史が深い。

 日本で初めての武家政権が成立した場所でもあり、近代化の過程では軍都として発展したため、血生臭い来歴がある場所が多い。

 古戦場、大刀洗い、処刑場、死体捨て場。

 とある切り通しでは食人の言い伝えもあるし、トンネルや踏み切りならば、日本で最も有名な怪談の舞台になっている。

 鎌倉時代、室町時代以降も死と暴力の歴史は続き、日本が近代化していく過程では軍都の歴史を刻んできた。

 若い魂が散華してしまったことを顕彰する碑が各地にあり、また、軍都であることから第二次世界大戦中には民間人が働いていた場所が軍事施設として空襲され、多くの犠牲者が出た。

 歴史が深いとは、死と暴力の堆積のこと。

 あのやぐらでは三百人以上が腹を切った。

 あの海岸は、掘れば今でも人骨が出土する。

 あの塚は裏切られた怨嗟で満ちている。

 あの道は冥土に続く道と言われている。

 あの隧道では手形が降る。

 あの切り通しには振り袖の幽霊が出る。

 あの行き止まりでは焼身自殺。

 春には必ず人死にが出る交差点。

 いつも弔いの花がある坂道。

 自分の死期を告げる人が乗る電車。

 焼夷弾で生きながら焼かれた人が並べられた校庭。

 僕が住む町は歴史が深い。

 そんな町には、古くから言い伝えられた禁忌の場所が幾つかある。

 国道十六号線から逸れて大道にいたる途中の集合住宅地。

 金沢と鎌倉を繋ぐ切り通し。

 朝比奈料金所のすぐ横にある、人口がゼロの、火葬場しかない町。

 そして、僕が住む町の一画にある、呪いの木と呼ぶ首の地。

 そこには、何十年も前から道を塞ぐように一本の木が残されていた。

 笹下釜利谷街道と釜利谷西の住宅地を繋ぐ道があるが、その木があるために車道が繋がっておらず、かなりの不便になっている。

 Googlemapでも見ることが出来る。

 横浜市金沢区釜利谷西の、グリーンファームとほっともっとの間にぽつんと残された木。

 その木は呪われていて、伐ろうとするの事故や人死にが出る、とまことしやかに語られてきた。僕がこの町に来た三十年ほど前から語られているから、古い怪談なのだろう。

 その木に隣接する地は、地元民はあまりよく思っていない土地だった。

 それは偏見や差別が根差した、良くない見方だと僕も思う。そのような考えに与する気はない。ただ、地元でそう思われてきた歴史は厳然とあるので、そのままを記す。

 負の歴史だと率直に思う。

 そんな場所で遭遇してしまった怪異から、この物語は始まる。

 呼ぶ首。

 これが始まりだったのか、すでに始まっていたことの一端なのかは僕には分からないが、それは、こう始まった。


 ハァァァァ、きゃ





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