朝比奈怪異譚 発端

 怪談や心霊に関わっていくと、自分にとっての因縁の土地、なぜか引き寄せられる土地、奇妙な符合や巡り合わせが重なる土地というものが現れる。

 僕にもいくつかある。

 六浦や大道と釜利谷を結ぶ白山道隧道、野島公園、観音崎、氷取沢市民の森、浦賀の燈明堂、鎌倉の超有名神社の一画などなど。

 それらの土地には、何か理由をつけては足を運んでしまう。いや、特に理由も用事もないのに足が向いたこともある。

 しかも、そこが一般的に『心霊スポット』と呼ばれているとは知らない頃からよく行っていた場所も多い。

 呼ばれる、というやつなのかは、霊感がない僕には分からない。

 その中でも僕が二十年以上に渡って様々な不思議な体験に遭遇したのが朝比奈だ。

 ここには切り通しがあり、曰く因縁があるトンネルや建物があり、周囲にも電話ボックスで有名な十二所、鎌倉霊園、元処刑場、火葬場、事件現場、白骨体と、怪談の要素がこれでもかと揃っている土地だ。

 この脳談の最初でも『背後の川』というエピソードで朝比奈に関連した奇妙な体験を書いた。

 僕が初めて朝比奈周辺の怪異と出会ったのは中学生の頃だ。自転車で各地を回っていたときにたまたま遭遇した。

 それから十年以上が過ぎた二十代後半。僕はホラーを書きつつ、日本の恐怖、怪談に関心を持つようになっていた。

『新耳袋』を愛読するようになり、東雅夫、加門七海、京極夏彦などが怪談に関わる仕事を多くするようになっていた。それに影響されたのだ。

 だから、鎌倉、三浦半島、地元の金沢区のそれらしいスポットを巡るようになっていた。

 前述した観音崎、野島公園などがそうだし、もちろん小坪にも腹切りやぐらにも行った。

 その中の一つが朝比奈だった。

 ある日、鎌倉のスポットを巡った僕は、神奈中バスで金沢道を東に進み、十二所にやって来た。

 十二所側から朝比奈の切り通しを越えて、金沢区に帰還するつもりだった。

 その頃はまだ、N見台の化け物屋敷、M晴荘に住んでいる頃だ。

 かつて気持ちが悪い思いをした太刀洗川を横目に見ながら切り通しに向かう。

 十二所から切り通しまでは太刀洗川沿いの住宅地を進んでいく。

 その途中、やや小高くなった場所にかつて馬頭観音があったと記憶している。

 あれから二十数年、いま探してもどこにも見つからないのだが、十二所ひよどり公園のあたりにあった。

 それが、奇妙なものだった。

 素朴な石仏だったのだが、その顔が、まるで憤怒の相のように怒りに満ちていたのだ。

 こちらを睨みつけているようにさえ思えた。

 もしかしたら不動明王だったのか。いや、火焰光背や剣、羂索はなかったから不動明王ではない。

 地蔵尊のようでもなかった。

 拙い石仏の知識に照らして、たぶん、馬頭観音だったはず。何より関東や神奈川県には馬頭観音が多い。

目にする機会も多かった。

 よく見かけた馬頭観音との違いは、憤怒の相。

 もしかしたら、僕が知らないだけで、馬頭観音でも不動明王でも地蔵尊でもない石仏だったのかもしれない。

 しかし、だ。

 いくら路傍の石仏だとはいえ、二十年ほどで無くなることがあるだろうか。

 あの憤怒の相の石仏は、あのときだけ見えたものだったのかもしれない。

 これが、僕と朝比奈の怪異との、二つ目の発端だ。

 このあと、僕は、何かにつかれる。

 なんだったのかは、今でも分からない。

 しかし、何十年経っても、あそこで見た、と思った風景は頭から離れない。

 その顔の表情まで覚えている。

 それは、憤怒の相の石仏を過ぎ、梶原太刀洗水のあたりから始まった。

 僕に長らく付きまとう、朝比奈の怪異の始まりだった。

 

 

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