脳談 怪異雑多記
丁字路の老婆
僕が小説を書くようになったのは十六歳の頃だ。キングの『死のロングウォーク』に衝撃を受けて書きはじめた。
しかし、それは十六歳のやること。習作にもなっておらず、小説らしきものをノートに直筆で書いていた。
やがてワープロ、パソコンと執筆環境はグレードアップしていき、二十歳をこえる頃にはそれなりのものが書けるようになっていた、と本人は思っている。
あれは金沢文庫駅近くの中華料理屋でバイトをしていたときだ。
パソコンで、どこに送る当てもない短い作品を書いていた。内容はこんな感じだ。
嵐のあとの真夜中の街角。主人公は嵐が去って静まり返った街をあてもなく歩いている。
すると、ある丁字路で、道路脇にしゃがみ込む白い服を着た白髪の老婆を見かける。
こんな時間にお婆さん?
具合でも悪いのかな。
心配になった主人公は老婆に近づく。
「大丈夫ですか?」
声をかけると老婆は振り向いて言う。
「ずっとさがしているんですけど、見つからなくて」
「落とし物をされたんですか?」
すると老婆は再び道路脇に顔を向けて何かを探す素振りで言う。
「娘がね、見つからなくて。このあたりのはずなんですけど」
娘?
どういうことだろうと首を傾げていると、屈み込んだ老婆の肩越しに見えた排水溝の蓋の隙間から、こちらをじっと見つめる眼球があった。
それはばちりと瞬きをした。
という内容の短編。
なかなか気に入っていたが、送れるような賞もなく、ただパソコンの中で埋もれていた。
モデルにした十字路は僕の中で明確にあって、笹下釜利谷街道を釜利谷交番前交差点の先で路地に入り、釜利谷宿公園を過ぎた先の丁字路。
そこを頭に思い浮かべて短編を書いた。
それから数カ月、もしかしたら一年は経っていたか。
中華料理屋での深夜バイトに入っていた。その日は台風が直撃して開店休業だった。
早めに店じまいをして、自転車で家に向かったのは午前一時過ぎだったか。
嵐のあとで夜の町にはどこか、普段とは違う空気が漂っていた。
笹下釜利谷街道をつかって自宅がある釜利谷西に向かう。
途中で路地に入り、嵐のあとの静かな住宅街を自転車で走り抜けた。
もうそろそろ釜利谷宿公園だというところ。あの詳説のモデルにした丁字路に近づいてきた。
町は無人で僕しかいない。
遠くに丁字路が見えてきた。
その道端に白い何かがいる。
まさか。
一気に、自分で書いた小説が思い出された。
嵐のあと、真夜中の丁字路でしゃがみ込んですすめを捜す老婆。老婆が座り込んだ先には、何者かの眼球がある。
自転車を走らせながら全身に鳥肌が立った。
どんどんと近づいてくる丁字路。
白い何かの姿ははっきりと見えてきた。
老婆かどうかは分からない。
しかし、白い服を着た女性なのは間違いない。
自転車で近づいていくと、道端にしゃがみ込んだ何者かはこちらに振り返る仕草をした。
僕は思いっ切りペダルを踏んで自宅に向かった。
それから、あの丁字路には、なるべく近寄らないようにしている。
怪異に近づこうとして、怪異を描こうとして、逆に怪異に襲われた。
そんな体験がいくつある。
『実話怪談 冬虫脳談』の第三章では、そんな話を書きていきます。
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