やはりいた

 引っ越してから異常な出来事ばかり起きていた能見台のM晴荘二〇一号室。

 案内してくれた不動産屋は部屋に入ることさえ拒み、曇りガラス越しに手形と顔が現れ、シャワーボックスの血はいつまでも消えず、暴力をふるった女が三人の人間が見ている前で部屋に入った。

 この部屋には何かいる。

 いつしかそう思うようになっていた。

 何しろ金縛り、寝ているときに足を掴まれる、引っ張られて布団から体が半分出る、シャワーを浴びていると六畳間のほうでやけに大きな物音がする、そんなことは日常茶飯事になっていた。

 そんなM晴荘は坂の途中にあった。

 アパートを出て坂をくだり、能見台駅に続く道を行くと、アパートは他の建物よりも高くなる。

 ある朝、仕事に行くために部屋を出た。

 坂をくだり、能見台駅に向かう途中で忘れ物に気がついた。

 取りに戻ろうと振り向いたときだ。

 自分の部屋の磨りガラスの窓が目に入った。

 そこに髪の長い痩せた誰かが立っていた。こちらを見下ろしていた。

 振り向いた僕に気がついたのか、誰かは部屋の奥にすっと消えた。

 見間違えでは絶対にない。

 確かにそこに立っていた。

 こちらを見下ろしていた。

 忘れ物など取りに行けない。

 無理だ。

 僕は背後に強烈な視線を感じたままで仕事に向かった。

 僕は毎朝、あれに見送られて仕事に行っていたのかもしれない。これからも、あれに見送られるのかもしれない。

 二度と振り返って自分の部屋を見上げることが出来なくなった。

 やはりいた。

 

 

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