脳談 平成物怪録
平成物怪録 M晴荘の怪 始まり
二十三歳のときに独り暮らしを始めた。
職場の金沢文庫に近いところで物件を探した。
駅前の老舗不動産屋に駆け込んだ。
初めての独り暮らし。正直、物件の条件などはなかった。
若い男の独り暮らし。寝られれば良い。それぐらいの感覚だった。
だから、とにかく家賃が安いところをお願いします。
臆面もなく不動産屋には伝えた。
すぐに何件かの部屋を紹介された。そのうちのひとつが金沢文庫駅のとなり、能見台の駅近くにあったM晴荘だった。
駅から歩いて五分。周りには数軒のコンビニとスーパーがあり、古本屋とレンタルビデオショップまで揃っていた。喫茶店やファストフード店まである。
至れり尽くせりだ。
それで二階の角部屋、陽当たり良好で四万五千円。
文句があるはずがない。
すぐに不動産屋に車で連れて行ってもらった。
部屋は二〇一号室。
カンカンと鳴る鉄の階段を上った。築四十年ほどの古いアパート。気にもしなかった。
部屋の鍵が開けられ、不動産屋の若い男性は玄関で部屋の説明をしてくれた。
「入っても大丈夫ですか?」
いいですよ、と言われたので部屋に入って中を見た。
不動産屋の男性は、玄関で説明するばかりで、部屋に入ろうとはしなかった。
そういう規則でもあるのかな。
世間知らずの僕はそれぐらいにしか思っていなかった。このときからすでにおかしかったのだ。いま思えば、不動産屋の男性は、頑ななほど部屋に入ることを拒んでいた。奇妙な感じのシャワーボックスがある台所にすら上がらなかった。のちに、その理由も分かることになるのだが。
親と相談してから決めます、と一応は言ってみたが、心の中ではここでいいかなぁ、と思っていた。
畳の六畳一間、台所のとなりにトイレがあり、その横に割と大きな後付けのシャワーボックスがあった。
古いけれど、別にいいや。
軽い気持ちで決めてしまった。
まさかこの部屋で、あれほど多くの異常な体験をするとは想像もしていなかった。
稲生物怪録という江戸時代中期の読み物がある。
備後三次を舞台に、稲生平太郎という武士の子息が、ひょんなことから次々と物怪に襲われるのだが、M晴荘での出来事も物怪録のような怒濤の勢いだった。
ほとんど毎週のように怪異に見舞われた。
それはまさに平成物怪録だった。
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