知ってますから
僕が子供時代を過ごした頃は、各地にマンションが建てられていた。横浜市旭区希望ヶ丘にも多くのマンションが建てられた。
相鉄線の希望ヶ丘駅から東希望ヶ丘に向かえば丘の途中にマンションが建ち並び、三ツ境駅に行く途中にもイトーヨーカドーに沿うようにマンションが建ち並んだ。
そこに同級生が住んでいたから、よく遊びに行った。
友だちの部屋は四階。
そのマンションにはエレベーターがあり、それで四階まで行けた。
しかし、あまりエレベーターは使わなかった。
今から三十年以上前のマンションのエレベーター。
決して綺麗ではなかった。独特の暗さがあった。子供だから、密室に閉じ込められる怖さもあった。
それに比べて、四階まで登れる階段は風通しも良く、明るくて、登るのも苦ではなかった。
だから、友だちの部屋に行くときはいつも階段を使っていた。
それなのに、あのときは、エレベーターを使おうと思った。
友だちと遊んで、夕方になり、帰ろうと思った。
いつもは階段を駆け下りるが、そのときはなぜかエレベーターで一階に行こうと思った。
誰もいないエレベーターホール。
くだり、のボタンを押してエレベーターを待った。
最上階が何階だったのか覚えていないが、上からエレベーターが降りてきた。
四階に到着する。
ガタゴトと音を立ててエレベーターの扉が開いた。
子供から見て、誰かのお母さんのような女性がひとり乗っていた。
その後ろに、日焼けをした痩せこけた男性が座り込んでいた。季節は覚えていないが、子供でも奇妙に思えるほどの薄着だった。
お母さんのような女性の後ろに、触れそうな近さで座り込んでいる。
危ない、と子供ながらに思ったときに、女性がぶっきらぼうに言った。
「知ってますから、大丈夫ですよ」
僕は立ち尽くすことしか出来なかった。
女性の背後で、座り込んだ男性が舌を出して笑っていた。
そのあと、どうしたのか記憶はない。
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