ヤッホー
自宅の裏手、墓地に続く雑木林には歩道があり、それは墓地と自宅横の車道を繋いでいた。どのような目的、経緯で造られたものなのか分からなかったが、ほとんど利用する人もおらず、車道側の扉は閉められていて施錠もされていた。
ある夜、窓を開けて海外サッカーをテレビで観ていた。恐らく夜中の二時は越えていただろう。部屋の灯りは消していて、部屋でついているのはテレビだけだった。
テレビからは解説者と実況の声、そしてスタジアムの歓声が聞こえていた。それが少し静かになったとき、窓の外でひとの声がしたような、そんな気がした。
あれ、いま雑木林のあたりから声がしたよな。
何かの予感があったのか、僕はテレビの音声を消音にして耳を澄ました。
すると、真夜中の雑木林から、女性の明るい声で、
「ヤッホー」
と聞こえてきた。
まるで公園でふざけて声を出しているような明るい声。
ゾッとした。
家の裏手は女性が真夜中に来るような場所じゃない。
思わず身を縮めてしまった。
見られたらヤバい。
なぜかそう思った。
そうしたら、また、窓の外から、
「ヤッホー」
間違いなく僕に向けられている。
どうしよう。
声は明るい。しかし、していることは常軌を逸している。
真夜中、灯りもない雑木林の中から、他人の家に「ヤッホー」と声をかける。
関わったらダメだ。
僕は消音のままテレビを消して息を殺した。
すると、雑木林の中で地面を踏みしめる音が聞こえた。
いる、そこにやはり誰かいる。
自分の存在を知られるのが嫌で、まともに呼吸も出来ない。
ジャリッ。
靴が地面を踏む音。
そのあとだ。
「暗くしても分かってんだよ」
女の刺々しい声が聞こえた。
先ほどの声とはうって変わっていた。なぜか敵意に満ちていた。
僕は息を殺すしかなかった。
暗闇の中でじっとしていると、再び地面を踏みしめる音が聞こえた。今度は連続して、少しずつ遠ざかっていく。どうやら車道側ではなく、雑木林の奥、墓地に向かっているらしい。
遠ざかりながら、女が吐き捨てるように「また○○○○○○なのかよ」(○の箇所は聞き取れなかった)と言っていた。
それから女の気配はしなくなった。
翌朝、両親と車道側の扉を確認したところ、鍵は掛けられたままだった。
女は恐らく、墓地側から家の裏手にやって来て、そしてまた墓地に戻っていったのだろう。
声を聞いているから分かるが、あれは幽霊でもなんでもなく、正真正銘、生身の人間だった。
「ヤッホー」
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