第四話 ルルゥカちゃんは決意する


 

「お、終わった……」


 時刻は夜の10時を回った頃。

 新たな同居人ルルゥカが妹の部屋に入っていったのを確認して、家主たる八重幡夏希はその場に崩れ落ちた。


(……大変だったなあ。

 ルルゥカちゃん、車とかビルとかを見る度に凄い興味津々で「あれは何ですかっ?」って聞いてくるんだもん。

 風呂の給湯器が自動で追い焚きした時なんかは「壁がしゃべりましたっ」って裸のまま飛び出してきちゃったし……)


 思い出されるのは一緒に暮らすことになったルルゥカの不思議な行動の数々。

 普通に生活していたら絶対に一度は見聞きしたであろう機器や食べ物まで「初見です」という反応を見せたのだ。

 その後慌てて「まあこれくらい知ってましたが?」みたいに誤魔化してはいたものの、夏希にはその驚きようが演技だとは思えなかった。


 自分が何者なのかとかは結局教えてくれなかったし、間違いなく訳アリ。

 下手したら大きな事件に巻き込まれている可能性だってある。自分の安全のためにも警察なりダンジョン協会なり、しかるべき団体に相談すべきだ。

 ただそれでも夏希はルルゥカを手放す気には毛頭なれなかった。



『なんで、お前は私にここまでしてくれやがるんですか?

 いくら私に助けられたとはいっても、限度があるでしょうよ』


『あはは、そうかもね。

 でも多分僕の不注意のせいで魔力?を失っちゃったんだよね? 一般人を許可なく写さないっていうのは口酸っぱく言われていたことだからさ、責任感じてるんだ』


『ふーん? そうですか』



 どことなく呆れた様子だったルルゥカ。

 その本音の裏に隠した感情に、彼女は気づいていないだろうか。



『お前、家族と一緒に住んでないんですか?』


『う、うん。みんな海外出張中のお父さんについて行ったんだ~。

 暫くは帰ってこないから、その間は自由に使って大丈夫だよ』



 夏希のぎこちない返事にわずかに方眉を上げ、それでも深くは追及してこなかったルルゥカ。

 それに嘘が含まれたことに、彼女は勘づいていないだろうか。


 夏希の心の中に漠然とした不安が募っていく。

 同時に、己に対する失望もまた広がっていった。


 結局、あんなことを言っておいて自分のことしか考えていないのだ。ルルゥカも何か隠しているかもしれないけれど、それは此方も同じ。

 ルルゥカは都合の良い寄生先を探していて、夏希は情報を欲している。二つの思惑がたまたま嚙み合っただけの脆い協力関係。

 詰め方を間違えれば彼女はすぐにでもここを出て行ってしまうだろう。

 

 何とかそれは避けなければ、と夏希は立ち上がる。


 あれ・・から十年、初めて見つけた手掛かりなのだ。

 うまいこと懐に取り入って、慎重に情報を引き出す必要があった。


(オペレーション何とか。

 自称記憶喪失の少女の経歴を探れ、かな)


 新しい決意を胸に、夏希はがらんとした家の中を見渡した。










「……やっぱり、繋がりませんか」


 夜、同居人の夏希が寝静まったのを確認した後。

 夏希の妹の部屋で、通信くんを操作していたルルゥカは小さく嘆息した。


 通信くん。それは異なる二点間の情報伝達を可能にする通信用の魔道具だ。

 各端末には特定の数字が割り当てられており、相手も配信くんを持っている、かつその番号を知っていれば、いつでも相手と話すことが出来る優れもの。

 ただ文献に書いてあった通り、やはり世界をまたいで通信しようとすると動作が不安定になるらしい。

 魔界の彼らとまともに連絡を取るには、出来るだけ時空の裂け目に近づく必要があった。


 問題はこの体ではそれすら難しいことだ。

 

(まさか、人間が魔物に苦戦するほど弱体化していると思いませんでしたね)

 

 夏希に渡されたパソコンとやらで調べて、ルルゥカにもこの世界の情勢がある程度わかってきた。

 魔族や勇者などの話が忘れ去られ、代わりに科学とかいう概念が台頭していること。そして裂け目からやってきた魔物がその周囲に作り出した縄張りをダンジョン、そこを探索する人々を冒険者と呼び、日夜一部の人間たちによる命がけの冒険が繰り広げられていること。

 最後に冒険者たちは未だなおダンジョンの最奥、つまりは時空の裂け目に到達すらしていない、ということ。


 これでは適当に誑かして近づく等もできやしない。

 言葉も通じない彼ら相手では力以外での交渉も難しいだろう。


(ただ間違いなくこれはチャンスなんです。

 何としても早くパ、お父様たちに今の状況を伝えなければいけません)


 魔力の消費を抑えるため配信くんの機能を切ったルルゥカは、部屋の窓から人間界そとへと目を向けた。

 

 漆黒の暗闇の中、煌々と光が輝く科学の灯り。

 もし本当に幻想が廃れたのであれば、あの凄惨な過去が無くなったのであれば、ルルゥカと彼女の父親の理想も実現できるかもしれない。


(……まあ、過度な期待はやめときますかね。

 これが得られた情報が全部真実とも限らないんですから)


 ふい、とルルゥカは窓から視線を外して、再びパソコンに向き直る。



『それでもいいよ。君がどこの誰かさんで、どんな理由があろうと関係ない。

 僕は君に助けられた。それだけで君を助けるには十分さ』



 そう言って気前よくルルゥカの世話をしてくれる夏希。

 ルルゥカはまだ彼女の真意を測りかねていた。害意があるようには思えないものの、ただの善意でここまでのことが出来るとは思えない。

 最悪敵対する可能性まで考えられるだろう。


(とにかく今は情報収集です。

 明日は図書館? とやらにいって昔の本でもあさってみますかね)

 

 近くの図書館の位置を紙にメモしたりして、今後の予定を立てていく。

 ついでに魔王や勇者について調べている時に出てきた、誰かの創作物が集まったそのページを開いてみる。


(ネット小説、ですか。

 へえ、人間たちの間ではこんなのが流行ってるんですね。ちょっとだけ覗いてみますか。なになにーー)


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