第三話 ルルゥカちゃん、人間の下僕を手に入れる

 


「だ、大丈夫? お家ってどこかな? 良かったら送ってあげるよ?」


「うう……」


(はっ、私は一体何を……?)


 よしよし、と少女に頭を撫でられそうになったところで意識覚醒。

 慌ててその手を跳ね除け、ベッドの上で距離を取る。


 例え人間界に住む全員が化け物レベルの法力を使えるとかいうとんでもない事実が判明しようと、尻尾を撒いて逃げ帰るわけにはいかなかった。

 なにせルルゥカの肩には自信のプライドのみならず、家族たちの期待まで乗っているのだから。


「……なんだ、その子起きたの?

 駄目じゃない、真っ先に私に知らせてくれないと」


「ご、ごめんなさい。みーこ先生」


 そんな声と共に、カーテンを開けて顔を出したのは一人の女性。

 ぼさぼさの赤髪で左目を隠し、しわの付いた白衣を申し訳程度に羽織る彼女。魔族的には100歳以上おとなに相当しそうな見た目だ。


 みーこ先生と呼ばれた彼女の瞳が、此方を心配するように細められる。


「平気? 外傷は特になかったし、倒れたのは多分精神的なものだと思うわ。

 睡眠不足か、強いストレスを受けていたか……何か心当たりとかあるかしら?」


「……ないことは、ないです」


「そう。次からは気を付けて頂戴ね。

 それで……あなた何者? 冒険者は登録してないわよね? なんであんなところにいたのかしら?」


「っ……」


 彼女の質問に思考の海へと沈むルルゥカ。


(何て、答えましょうかね。

 あれを見る限り、本当に人間どもは魔族のことを知らないようでした。目の前の二人も私を恐れている様子は一切ありません。

 これは間違いなく僥倖、良い変化です。かつての血塗られた歴史が忘れ去られているのであれば、和平の道も探れるかもしれません。

 なんにせよ、まずは情報、特に人間サイドの歴史認識を知るのが最優先ですね。

 それが分かるまでは下手な情報をしゃべらない方がいいでしょう。適当に誤魔化してさっさととんずらしますか。……そう思うと、さっきちょろっと法力や魔力について説明してしまったのが悔やまれますね。

 まあ別に力づくでーーいえ、話術でどうにかすればいいですけどねっ。ほんとめんどくさいな、この体っ。

 ……まあいいです。ここはパ、お父様を何度も欺いてきた私の華麗なるテクニックをとくとご覧やがれ、です)


「え、あんなところって何の事ですか?

 私、気が付いたらここにいて、何に覚えてないんですっ」(うるうる)


「ふーん? 記憶喪失、ねえ。

 それじゃあ魔王の娘とか始祖吸血鬼とかそういう重要そうなことは何にも覚えてないと?」


「は、はい。そうなんです。だからその、早く帰してくれるとーー」


「ちょっと待ちなさい。

 それなら、さっき話してた勇者とかの話は何だったのかしら? 私の幻聴?」


「ぐっ」


 涙腺緩ませ&上目遣いからの即時撤退を右手をホールドされて防がれる。

 何とか脱出しようと動かすも、この体では一人の人間を振りほどくことすらそれすらできやしない。


(こいつ、さっき来たみたいな雰囲気出しておいて、ずっと聞いてたんですねっ。

 誰かを騙そうとするなんてほんと性格わりーですね。これだから人間はっ) 


「あ、そうだ。忘れてたっ。

 確か今日僕の親戚の子が遊びにくるって言ってたな。その時見せられた写真がこの子、ルルゥカちゃんだった気がするなあ、うん」 


「はああ? 誰がお前なんかのーー」


「確か父方の祖父の妹の義兄の娘さんのご主人が向こうの人なんだよ。それで確か仕事が忙しくなったとかで、暫くうちが預かることになったんだよね?

 もう、駄目だよ、ルルゥカちゃん。いくら僕が危なかったからって、手続きもしてないでダンジョンに入ったら」


「むぐぐ」

 

 意味の分からないこと言い始めた少女に後ろから口を塞がれ、何も口出すことが出来ない。

 目の前の女性が呆れたように腰に手を当てた。


「ほーん、それじゃあさっきの下手くそな言い訳は?」


「怒られたくなんて嘘ついたんじゃないかな?

 ほら、ミーコ先生、顔怖いから」


「勇者とか言ってたのは?」


「そ、そういう病気だよ。

 みーこ先生も先生なら分かるでしょ?」


 ルルゥカでも無理があるだろと察せられる理屈。

 それに女性は小さなため息をついた後、優しげに口角を上げてみせた。


「……ま、今はそういうことにしといてあげるわ。

 それじゃあさっさと帰りなさい。こっちは君たちの相手をしていられるほど暇じゃないんだから」


「はーい」


 ひらひらと手を振って、視界から去っていく女性。

 拘束が外れて自由になったルルゥカは、キッと少女を睨みつけた。


「どういう、つもりですか?

 まさかこれで私に恩を売りつけたつもりですか?」


「うん、一応ね。ほら、あの時僕を助けてくれたから」


「はっ、勘違いしないでください。

 あの時は私には別の目的があったんです。お前を助けたのなんて、ただのついでに過ぎません」


「それでもいいよ。君がどこの誰かさんで、どんな理由があろうと関係ない。

 僕は君に助けられた。それだけで君を助けるには十分さ」


「っ、そう、ですか」


 いい笑顔でそんなことを言ってきた少女に、思わずルルゥカは顔を伏せる。


(な、何ですかこいつ。私の事口説こうとしているんですか?

 ま、まあ確かに顔は人間にしてはなかなか整ってーーって、私は一体何をっ!?)


「こほん。わかりました。一応お礼くらいは言ってあげますよ。

 ま、もう会うことはないでしょうけどね」


「あっ」


 心細そうな吐息を漏らす少女を無視して、ルルゥカはカーテンを抜ける。

 彼女は魔王の娘にして最強の魔族。人間の施しを何度も受けるなんてありえないのだ。


「あのっ、これからどうするとか予定はあるの? 

 ルルゥカちゃんが持ってた鞄にはお金とか入ってなかったよね?」


「ぐっ」


 さりとて少女の指摘にあっさり足を止めた。

 そう、二つの世界が断絶していた影響でこちらの準備はほぼないに等しかった。

 お金は現地調達。魔法を使ったり、適当に持ってきた宝石類を換金したら何とかなるやろ、というガバガバ理論であった。

 しかも人間と変わらない体になってしまったから、任務はさらに困難を極める。正直、猫の手でも借りたいのが本音だった。


「良かったら、本当に僕の家を使ってもいいよ?

 ルルゥカちゃんが抱える事情とかも別に聞かないし、何かあったらすぐに出て行ってもいいからさ。お試しだと思って……どうかな?」


「……わかり、ました。

 そこまで言うなら仕方ないですね。お前に私を泊まらせる栄誉をくれてやるのです」


 まあ拠点は必要ですしね、と無理やり納得させて、少女へと向き直る。

 それに少女は見惚れるような顔で笑ってみせた。


「僕の名前は八重幡やえはた夏希。

 普通の女子高生で、Dスタに所属してDtuberもやってるよ」


「私はルルゥカ。ただのルルゥカです。

 お前は私の下僕一号として、散々こき使ってあげますよ」

 

 ルルゥカと少女、夏希の手が結ばれる。


 かくしてルルゥカは人間界に来て初めて下僕(?)を手に入れたのだった。








「な、なんですか、これっ。

 黒い箱が動いてますよっ。あれ全部が魔道具ですかっ」


「う、うーん。

 そんな異世界から来たエルフみたいな発言する人、初めて見たよ……」


 夏希の家への道中、ルルゥカが高度に発達した文明に目を白黒させていたのはたまた別のお話。


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