第二話 ルルゥカちゃん、SNS時代の洗礼を受ける



「……いいですか? 

 この世界には生き物の感情を起源とする二つの力、魔力と法力が存在します。

 前者は人の負の感情、後者は正の感情によって生み出され、これらは互いに相殺しあう関係にあります。

 お前でも分かるように言えば、強力な魔力にそれと同程度の法力をぶつけたらどちらも消滅する、とそういうわけです」


「な、なるほど?」


 なんで私が説明しなきゃいけないんですか、と頭を押さえながら、ルルゥカは目の前の少女へと向き直った。

 

 ルルゥカの心にあるはひりつくような焦燥感。

 問い詰めたところ、少女は勇者どころか法力について何も知らなかったのだ。

 もしそれが演技じゃなくて、無意識にやっていたのだとしたら、同胞たちのためにもここで止めねばならない。


「特にその中でも私は最強の魔族。一人の人間では到底祓えないほどの強大な魔力を蓄えていました。

 それが今や完全にぜろ。泣きたくなるほど空っぽです。……いや、ほんとに。

 こんなの、他の人間の法力に干渉する勇者の固有能力「仲間ぱわー」しかありえないんですよ。ええ、そのはずです」


「え、えっと、ちょっと待ってね、色々と整理するから……。

 そのまず、魔族っていうのは? ルルゥカちゃんは人間とは違うの?」


「はあ? だからっ、魔族というのは魔界に住むーー」


 要領を得ない返事につい声を荒げて答えそうになって、慌てて言葉を切る。


(魔族や法力についてここまで知らないなんてありえますかね? いくら人間が短命でアホだからと言って、戦乱が起こったのはたった500年前のことなんですよ?

 まさか目の前の少女は私達を迎撃するために遣わされた勇者? それで無知な振りをして、私から情報を引き出そうとしてる?)


 ルルゥカの前で、のほほんとこちらを見つめる少女。

 そこに法力の影や警戒の色は見えない。感覚を補助していた魔力がさっぱりなくなってしまったせいだ。

 どこにでもいるただの人間かちく。それがルルゥカには空恐ろしかった。


(……思えば、私を祓えるだけの法力があるなら魔物なんかに苦戦するなんて不自然ですよね。

 く、最初から嵌められていたってわけですか。何て小癪なっ)


 ベッドの上で勢いよく立ち上がり、辺りを見渡す。

 ルルゥカの四方を囲む白いカーテン。向こう側に何があるかもこの体では探ることはできない。


(とにかく今はここから逃げないとっ。

 勇者レベルの化け物が何人もいるとは思えません。追跡を逃れた後は一波乱引き起こして魔力を取り戻し、今度こそぶち倒す。

 ……ええ、そうです。これは戦略的一時撤退。決して無様に敗走するわけじゃないですともっ)


「え、と……よく分かんないけど、法力は人間の正の感情で生まれるんだよね?

 それなら原因はこれかも。ちょっと見てみて」


「今更騙されませんよ? 

 今日はうっかりやられてしまいましたが、次はーー」


「ごめんっ。実は僕、Dtuberなんだ。

 それであの時僕の配信にルルゥカちゃんの姿が映っちゃって……その、バズっちゃったみたい」


「??」


 少女が頭を下げながら見せてきたのは一台のスマホ謎の白い板

 何かの魔道具か、とルルゥカが警戒したのもつかの間、画面が切り替わりあの時の光景が現れた。


「っ、ウォーターボール」


 コメント

 ・やばいやばいやばい

 ・救助あくしろよ!!

 ・ほら、やっぱりやめろって言ったじゃん!

 ・そんなこと今言ってもしゃーないだろっ

 ・現地班っ、まじで頼む!!!


 映像は少女の後方から撮られたもののようだった。

 画面中央には少女がゴーストに追い詰められていく様子が、その右横には物凄い速さで流れていく阿鼻叫喚のコメントが映っていた。


(?? ただの映像記録用の魔道具じゃない、みたいですね?

 横のうるさい文字は一体……?)


 呆然と眺めるルルゥカを尻目に映像は進み、次の場面へ。

 ゴーストたちの奥にルルゥカが煙のように降り立った。


「お、女の子っ?

 な、なんで急にっ? ともかく早く逃げてっ」


 コメント

 ・救助きちゃっっ

 ・救助……?

 ・金髪に赤いドレス……この子は分かってますね

 ・誰か有名な人? ここまでくるってことは結構な実力者、だよな?

 ・さあ……?

 

 困惑した気配の中、ルルゥカの黄金色の瞳が金色に光った。

 ぞっとするほど軽薄な笑みがその顔に張り付けられる。


「くすっ。逃げろって言いました? 魔王の娘にして、始祖吸血鬼たるこの私に? 

 ……ま、良いでしょう。今はこっちです。

 欲におぼれ、家畜同然の人間に牙を向ける哀れな同胞よ。死にたくなかったら、今すぐ矛を収め、あちらに逃げ帰るのがおすすめですよ?

 ……よろしい。ならばお父様に代わって天誅をくれてやるのです」


「す、すごい……」


 コメント

 ・かっけえええええ

 ・つっよ、Cランクモンスターを一瞬で……?

 ・?? いつのまに魔族とか現れたんです?

 ・そういうロールプレイじゃね?

 ・あー…(納得)

 ・誰もが通る道、よな

 ・くう、俺もいいスキルが出ればっ


「ーーみぎゃっ」


「え? ……あっと、ごめんなさいっ。

 配信はいったん切りますっ」


 コメント

 ・おけ

 ・???

 ・今へんな音聞こえなかった?

 

 ルルゥカがゴーストたちをあっさりと倒したのち、突如終了する動画。

 配信中もその動画のコメント欄も「マジで助かってよかったよな! 名も知らぬ中二病少女には感謝しねえと」「お礼爆撃しようと思ったら、SNSやってなかったでござる」等、ルルゥカに対する賛美に溢れていた。


(ち、違うんですよっ。

 私はただるーるを破った魔族を懲らしめたかっただけで……)


 その頃には既にルルゥカはこのコメントとやらの奥に人間がいる事は分かっていた。つまりルルゥカはそれだけの人間に正の感情を向けられているのだ。

 なるほど、これなら魔力なんて簡単に吹っ飛ぶだろう。なにせ神話の時代でも勇者が干渉できた人数は精々数百に過ぎないのだから。

 ルルゥカを襲う、底なし沼のような恐怖。それに急かされるように、少女へと詰め寄った。


「こ、これは一体なんですか?

 まさかお前以外もこれを見れるんですか?」


「?? え、うん。

 やろうと思えば全世界の人が見れるよ?」


「ぜん、せかい?」


 あまりに現実味がない言葉にルルゥカは、ベッドへと倒れこむ。

 時は一億総発信者時代。誰でもネットに書き込め、配信できる世界である。魔族一匹を祓いきるほどの法力などそこら中に飛び回っている。


「もうやだぁ。おうちかえるぅ……」


 二人ぼっちの病室で少女の本気の泣き声が響き渡った。


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